社会問題を考える


by phtk7161
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鳩山代表をめぐる虚偽記載問題・・・行為の態様を考えない安易な風潮

人には人それぞれの考えがある。ただその考えも、物事の内容をある程度知った(理解した)うえでなければ、表面の情報に踊らされた薄っぺらい考えになってしまう。

鳩山民主党代表をめぐる政治献金の虚偽記載の問題についてもそうで、政治資金規正法違反に関する行為をどれもこれも一緒くたんにしてとらえ、メディアに「金に問題がある」と指摘されればすぐに「こいつは金に汚い政治家。だから政治家失格」とする反応はあまりに短絡的だと思う。

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政治資金規正法違反の問題については、私はその行為の具体的な態様でその違法の度合も違うと考えている。

いくつかの典型例でいえば、違法度がもっと強いと思うのが政治資金として届けないで(つまりは記載しないで)裏で金をもらっているケース。この場合もしこれに職務権限などの要件がからめば言うまでもなく賄賂罪となるが、そうでなくても(政治資金としてもらったつもりでも)その情報を世間に全く公表していないのであるからこれはもっとも悪質である。

次に違法度が強いのは、政治資金として記載はしたがその中身が実際とは異なっていて、かつその資金は他人からでているケース。小沢代表の場合がこれにあたる。この場合、とにかく誰からか政治資金として金をもらっていることは記載して世間に示してる。つまり少なくとも政治資金が何がしかの団体や個人から入っていることは公表しているのである。

このケースは最初の場合に比べ、金の問題に対してのとっかかりの事実は虚偽といえども表出させている・・・政治家の資金量面の一端はきちんと見せている・・・だけ、最初の場合と比較してまだましである。ただこの場合も職務権限などの要件を満たせば、最初の場合と同じように賄賂罪が成立することになる。

以上のふたつは、その延長線上では・・・要件を満たした場合・・ある意味賄賂罪が生じうる行為といえる。

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これに対して以下のケースは内容を異にする。すなわち政治資金として記載したが実はその金は自分の金であって実際に寄付などなかったケースである。本来党への貸し付ける方法でやるべきものを、ミエをはって政治資金が多くあったとして自作自演のウソの記載した場合がこれに当たる。この場合、金のでどこは自分であるから賄賂罪などなりようがない。

もともと政治資金規正法は政治資金に関する資金面での透明性と公正性の確保をその趣旨としてるのだろうが、やはり一番の重要点はどんな形であれとにかく政治家が人様から金をもらうことの危うさである。

つまり特定の寄付者への政治家のコネやひいきが、政治資金によって生じることは本来あってはならず、そのためにうそ偽りなく寄付者をはっきりとした形で届けさせる。それがこの法律の一番の趣旨・・・もちろん、そのほかにも選挙に規定する資金面での公正なルールの維持をより実質的に補足していくなどの点もあろうが・・・と考えられる。

そう考えていくと、私は本人の資金を使っての虚偽記載は政治資金規正法違反のなかでもその違法性の度合いはさほど強いとは思わない。もちろん他人の名義を承諾なく勝手に使った点の違法性の問題はまた別であるが、少なくとも金に関して賄賂に絡む問題には発展しようもなく、その点で「金の汚さ」的ものは問題にならない。

承諾のない他人名義の使用の点については、その害悪性をどうみるかそれは国民各自の判断にまかせるしかない。それを絶対許せないという人もいるであろうし、あまりいいことではないが政治生命をかえるほどのものではない・・・代表を辞任する程度のものではない・・・と思う人もいるであろう。

ただいずれのケース・・・上記三つのケース・・・にしても、政治家本人がそれを知っていた(ないしは意識していた)こと、これが前提であることは絶対である。そういえてはじめて政治資金規正法違反が生じるのである。それに至らない限りは(検察が立証できない限り)、道義的問題が生じるに過ぎない。

 今回の鳩山代表の問題について、金の面からみた点ではで私は確かにいいことではないがそう強く批判するほどのものでないと考えている。目くじらをたてるほどのことではない。名義使用の面すなわち承諾なしの他人名義使用の点については、そのことを鳩山代表自信が知っていたのであれば違法性は強いという見かたがあっても・・・その人によるだろうが・・・やむをえないだろうし、知らなかったのであれば秘書の管理の点についてたんなる道義的問題にとどまる。

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以上私なりの考え方を書いてきたが、もちろんこの考えに対して異論をもたれるかたもいられよう。ただ異論をもたれるかたでも、その考えはそれぞれの行為の態様の違いをある程度おさえた(理解した)うえでのものであることは必要である。

政治において、金にきれいであることはもちろん重要なことである。しかし所詮人間のやることである。一般社会が金にきれいとはいえない現実を踏まえれば、政治の世界だけそうであるべきとすることは無茶な理屈である。政治も一般社会の延長線上にあることにはかわりはない。だから政治に関して金の問題の存在があることはおさえたうえで、あとはその態様の違いで行為の責任を考えていくのが妥当である。

それをふまえないで、「とにかく金に問題がある」とメディアがとりあげればすぐにそれを鵜呑みにして、その行為の態様をみないでどれもこれも一緒くたんに「政治家失格」としてしまうのではあまりに浅薄すぎる。今回の問題で鳩山代表を批判するとしても、それぞれの政治資金規正法違反の行為の態様の違いを踏まえたうえでのものでなければ意味がない。

現実に即してしてあえていうなら、上述した三つのケースのうち最初の二つに該当する政治家はゴマンといるはずである。それをいちいち行為の中身の違いもみず叩いていたのでは、これはもうきりがないことになる。それでもやはり一緒くたんにして叩くべきとするなら、片っ端から与野党問わずとりあげて叩く必要があろう(もっともその場合、政治家はほとんどいなくなってしまうだろうが。)

政治家を批判する場合、その行為の本質を大まかにでもある程度はとらえておくことはその前提として重要である。そのうえで各自が自らの頭でその是非を考えること、これが民主政治の発展にもつながっていく。本当に政治を変えたいとするなら、そうしなければならない。それをしないでメディアなどの情報に安易にのって批判することは、政治を単に○×的なものに貶める行為にすぎない。どうもここのところの民主党の代表たたきをみると、メディアを含めてそういう風潮があまりに強すぎるように思う。
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by phtk7161 | 2009-07-08 05:05