社会問題を考える


by phtk7161
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「見たくないものを見ない人たち」と述べた塩崎恭久議員の言葉と自民党へのブーメラン返り

「日本を守るため、原子力の技術を安全保障からも理解しないといけない。(反対は)見たくないものを見ない人たちの議論だ」これは塩崎恭久議員が話した内容だが、これについて述べておきたい。

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彼の言う「見たくないものを見ない人たち」とはどういう意味か。「安全保障に関する問題の現実をみようとしない人たち」ということか。
核による外交の優位性は、彼がいうほど現実的だとは私は思わない。核をもつことは利益の面ばかりではない。当然そのことからくる周辺国との軋轢によるマイナス面も当時に考えていかなければならない。日本が持てば、韓国はどうするか。台湾はどうするか。そのとき中国はどう動くか。
防衛力を向上すればするほど国家の安全は高まるというのは、ある意味幻想である。そのことによる外交のマイナス面も直視しなければ、まさに「見たくないものを見ない人たち」になってしまう。

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塩崎君の言う「見たくないものを見ない人たち」の典型例、それはまさに長い間政権を担当してきた自民党の議員たちである。
原発の安全に関する問題点の指摘(たとえば、電源喪失による冷却機能の問題など)がありながら、彼ら「見たくないものを見ない人たち」は、長い間意識的にその危険を見ないようにしてきた。その結果がこれである。

今、確実にいえることは、彼らが「見たくないもの(安全の問題)をみて」いれば少なくとも福島第一原子力発電所の問題は防げたか、そうでなくても今より低い被害ですんでいたということだ。その場合原発の問題に足を引っ張られずその他の被災地全体の復興にもっと力を集中できたのである。彼らが「見たくないものを見ない人たち」だったことの罪は大きい。

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ついで言えば年金の問題もそうである。

積立方式から賦課方式に変えたことで、年金の財源システムは、ある意味自転車操業的になってきたといっていい。年金財政の健全性からいえば、賦課方式は欺罔といえる。賦課方式というごまかしなら、むしろ年金という名の「税」(ただしきちんと払えば年金受給の権利をえるもの)といったほうが、ごまかしのない分まだ正直だったと思う(このことは賦課に転換した時点での積立方式の分が蓄積されていてもなんらかわるものではない)。

賦課方式は現役世代への借金の先送りに過ぎない。賦課方式という形でごまかしたまま、団塊の世代退職まで「どうせ多くの年金の支払いが現実化するのはもっと先」として、政権を担当してきた自民党が、なんら年金財政への抜本的対策をとってこなかったことも今の問題の大きな一因である。

いつか大量の退職者が受給時期を迎えれば、年金財政は一段とひっ迫することはまともに考えてみればに誰にでもわかる。「先進国的経済成長」時の幻影のまま、経済的停滞期での年金の現実(入りと出)を直視しようとしてこなかった自民党。これもまた彼らが「見たくないものを見ない」人たちだったことの典型例といえる。

でなぜ彼らが「見たくないものを見ない」だったかといえば、安全(原発)や健全な財政(年金)より自らの利権(お金や権力)を優先したからである。
というわけでわけ知り顔に「見たくないものを見ない人たち」とのたまわった塩崎恭久議員。だが、実はその言葉こそ彼の愛する「自民党」にブーメラン返りしてしまうことを彼は理解しているだろうか。

少なくとも今後の彼には原発問題で「見たくないものでもきちんと見ることのできる人」の手本となってもらいたいと思う。「自分はみたくないものでも見れる」という彼だもの。彼ならできるはずである。
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by phtk7161 | 2012-06-22 20:36