社会問題を考える


by phtk7161
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インターネット投票(電子投票も含め)の問題点 

 昨日新聞とテレビで2人の芸能人(お笑いの芸人、タレント)が、ネット投票に対する意見を述べていた。新聞で読んだお笑いの芸人(キレ芸で有名)のほうは、ネット投票には否定的で、投票所にいって投票する今の形を続けるべきという意見。理由は不正の防止。テレビで見た(テレビコメンテーターとしてもしばしばみる)タレントのほうは、ネット投票を肯定する意見。理由は利便性による投票率アップだ。この二人の意見は、ネット投票導入の可否をめぐる典型的意見の(肯定否定の)の二つであろう。

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 結論から言ってしまえば、私はネットによる投票(電子投票的なものも含め)には反対である。確かにネット投票を導入すれば投票率はアップするであろう。しかし、ネットによる不正投票の危険性を考えるなら、投票の利便性という利点より、やはり選挙の公正を害する弊害のほうが格段に大きいと思う。ネット投票には、投票する側とそれを集約して公表する側その双方に不正を誘発する危険がある。他人に成りすます(あるいは間違えて他人として投票してしまう)ことや、集約した側が数字をごまかかすことなど、行為者の故意過失を問わずネット投票ではこういう危険が容易に起こりうる。

 今の記名式投票は確かにかったるい面もあるかもしれない。しかし、現に記名された投票用紙が選挙後も存在するからこそ(たまに投票箱をめぐるトラブルや記名内容をめぐるトラブルはあるにせよ)、トラブルに際して再集計を行えるし、他人になりすます不正もそうそう大規模に行えるものでもない。

 けれども、ネットになるとその規模ではすまない。ネットの利便性はその速さと膨大な処理能力にあるが、それは一定の目的である人間がある作為を起こした場合、その影響度もそれだけ大きくなるということだ。たとえば、他人のパスワードを盗むハッカーのように、一人の人間がいろんな手段を使って、膨大な他人の投票の権利を手にし行使することも可能となる。あるいは集計側が0をひとつ間違えたり、支持する政党のために再集計における真実性の担保の脆弱さ(なにしろ、現物の記名投票用紙がないのだから)をいいことに、集計の数字をいじくることも大いにありうる。

 何を大げさなと思うかもしれないが、支持する政党のために選挙に深く関わる人間が、選挙のときの現場の異様な雰囲気で、その精神状態まともでなくってしまうことはよくあることだ。そういう精神状態のとき、人間は目的(当選)のためには手段(不正投票、不正選挙)を選ばなくなってしまう。そうでなくても、金のためにこういった不正投票に関わる人間もでてくるだろうし、また遊び半分であるいは自らの思想実現のために、ハッカー的行動をおこすものもいるかもしれない。そして、そういう連中のやっている不正が結果現実となれば、それは民主主義に対する一種の「テロ」行為ともいえよう。

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 一度こういう事態がおきてしまうと、政治への事態の深刻さははかりしれない。ネット投票には手軽さゆえその分多くの危険が潜んでいる。現行の投票ではそうそうできない不正の投票行為を、その行為の容易さのため(肉体的苦労に見合う結果という意味で)やってしまう危険は大きいといえる。ネット投票には、そういう行為に手を染めやすくしてしまうある種の「魅力」がある。そこが、ネット投票の危険性の所以(ゆえん)である。

 選挙(投票)は国民主権を実現するための一番基礎となる重要な制度である。ここがごまかされては(不正が容易になれば)、もう確実に民主主義は終わりである。選挙制度において、投票における有権者の意思の正確な数的反映(ごまかしの危険の少ない)は何よりも重視されなければならない。それは選挙のおける投票の利便視よりも絶対的に優先される。そういう意味では、地味で如何に牧歌的にみえようが、現行の投票制度はネット投票などよりはるかに優れている制度といえると思う。
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by phtk7161 | 2007-07-17 08:47