社会問題を考える


by phtk7161
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携帯・ネットの普及と成熟した民主主義への遠い道のり

 携帯電話を持ってない人は、一定世代を除けばあまりいないであろう。世の中の仕組みも今や携帯を持ってるのが前提となっていることも多い。パソコンの普及もかなり進み、こちらも生活に深く浸透している。

 そういう情報化が進んだ時代ではあるが、では人間の方はどうかというと、進化どころかむしろ後退しているともいえる。以前の人間なら潜在意識や願望の中にとどまっていた愚かな行為が、今やハイテク機器によって現実化してしまう。そのことが、今の人間の質をますます後退させてしまっている。

 以前(今でもか?)公衆トイレに行くとよく落書きがしてあった。内容は本当にしょうもない下品・幼稚きわまりないもので、本人の感情の劣化がそこれは見て取れたものだ。ようするに「便所の落書き」だ。そして今やこの形が携帯やパソコンの普及によって広域化してしまうのが、現代である。

 実名をあげて人を著しく誹謗・中傷する内容を書くことが、違法行為であり刑事上・民事上問題であることはいうまでもない。しかし年齢に比例することなく幼稚化してしまった人物は、そのことなど意識することもできない。幼い子供が「う○こ・○んちん」といって大喜びする程度のことをまさに大人になってからもやって喜んでいる。それが「2ちゃんねる」(もちろん真面目なものもあるが)や「闇サイト」に群がる人間である。

 今学生(特に中高生)のいじめに関して掲示板などを利用した形態も問題となっているが、これも上述したことの延長線上で起きている問題といえる。一番精神的に多感な時期に、実名をあげられてうける精神的迫害は筆舌に尽くしがたいことであろう。やる側の行為の愚かさを若い世代にも倫理的・法的に自覚させることが何よりも急務であると思う。

 このことはブログ全般についてもいえる。ブログの中には偏見きわまりない民族主義に染まり人種差別を当然の考えとする馬鹿げたものもある。もちろんこれも思想・表現の自由によって当然保障される。しかし一方で今世界でおきている解決困難な争いごとの根本原因に、こういう思想の存在があることも事実である。

 携帯やネットによりいくら社会が高度に情報化しようが、最終的に物の価値を決定するのは利用する側の人間の「質」である。ブログがどんなに普及しようとも、書き手が「個人の尊厳」を踏みにじるよう内容を平気で書いて喜んでいる限りは、成熟した民主主義への道のりはまだまだ遠い。
  

 
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by phtk7161 | 2007-11-20 00:48