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赤塚不二夫さんについて・・・その(3)赤塚さんとタモリさんの伊豆旅行

以前も書いたことだが、本来このブログは社会問題や政治をメインとして始めたブログである。赤塚不二夫さんの訃報ももちろん社会問題といえなくもないが、しかし本筋とはいえないことは確かだ。だから次回のブログでは本筋のテーマで書こうと思っていた。

しかしタモリさんのオールナイトニッポンも絡む話は、いわば私の青春時代(うわあ照れくさい)の出来事でもあり、赤塚さんがなくなった今、その話を書く機会もそうそうない。そこでタモリのオールナイトニッポンで赤塚さんに関連した話で、記憶に残っているもうひとつのエピソードについて書こうと思う。今回まで赤塚さんをテーマに書きます。ご容赦を。

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それは、タモリ(前回と同じように以下「さん」省略)が人気ボードビリアンになってからの話である。その日の番組(オールナイトニッポン)で彼はつい少し前、夏休みをかねて仲間(もちろん赤塚さん)と旅行した話を始めた。場所は伊豆。タモリのジャガーに赤塚さんとタモリ夫妻が同乗することになった。

赤塚さんにもパートナーがいて女性であったが、どうもこの人が奥さんだったかははっきりしない。タモリもその辺は曖昧に言っていたと思う。赤塚さんには2人の奥さん(元マネージャーさんがその一人だったかもしれない)がいたようだから(もちろん重婚ではなく再婚の形で)、この女性もどちらかの女性だったのだろう。

とにかく当時のマネジャーさんを伴って、赤塚さんとタモリ夫妻とでタモリの運転で高速を利用して行くことになったわけだ。前にはタモリ夫妻、タモリの奥さんはむすっとした感じで座っており、後ろの赤塚さんの連れは音楽を聴きながら「イェイ・イェイ」と派手なカッコと変な乗りで動いている。すれ違う車の運転手は、高級者に極端に雰囲気の違う女性が乗っているもんだからみんな不思議な顔をしていたらしい。

途中でジャガー(愛着ある車で長い間使っている)から煙が噴出するトラブルが起こりながらも、後続の車がそのことをいちはやく教えてくれたおかげで事なきをえ、ようやく目的地の旅館にたどりついた。

この旅館は、古いがひなびた雰囲気がなんともいえずいい感じだったようで毎年利用している場所だった。あまり客もこないらしく、その意味でも著名人の2人にはもってこいの場所だったのだろう。プールもあって客も少なく、おまけにサングラスもかけてないからタモリだとは分からない。プールにスイカを沈めてひやしながらデッキでのんびりすごす。

スイカは、品のよい中学生ぐらいの男の子に(もちろん赤の他人)「ぼく、すまないけど(潜って)スイカを取ってきてくれないかな」と頼んでとってきてもらった。そのプールには、そのこの母親もいて、その母親はタモリの言葉に「うちの大事な息子を使って、失礼な!」という感じだったらしい。でもそこはタモリ、笑顔で「ホントいいお子さんですね」と一言。母親のほうもええとこのお坊ちゃんの母親らしく「いいえ、おほほほ・・・」てな感じになって機嫌も収まった。

プールを出て、みんなで入浴する。女湯は塀を隔てて隣にある。今は自分達の連れ合いしか女湯にしないから、覗こうかということになった(問題ある行動だが、もう時効だと思うしご容赦を・・・現在では絶対に厳禁です)。ようはたまにはやんちゃをやって、若気の頃に帰ろうと言う心境だったのだろう。そのときタモリが言っていたせりふ。「他人の連れ合いより、最初にまず自分の連れ合い(奥さん)を確認するんだよな。不思議だなあ。」本当だろうか?私には経験がないから分からないが。

入浴をしてお酒と食事。酒飲んでまたお風呂に入って(みなさんこれは体によくないですからご注意ください)から麻雀。麻雀しながら酒飲んでまたお風呂。こうやって夜中まで過ごす。そのうち赤塚さんの具合がおかしくなった。湯冷めして体調をくずしたらしい。熱を測ると38を越えている。

みんなで「部屋に帰ってもう休んでなよ」といったが、さみしがりやの赤塚はそれでも麻雀をやるといってきかない。真夏なのに、服を着込み布団を羽織って百人一首にでてくる「せみまろ」のようになりながら、それでも麻雀を続ける。自分ひとり仲間はずれのようなになるのが嫌だったようで、いかにも赤塚さんらしい。

じゃ薬をと探したが、あいにく正露丸しかなかった。ないよりましと、赤塚さんそれを飲むことにしたがそこはタモリと赤塚さん。「飲みたいか。飲みたければ・・・パッパパパッパ正露丸といってみろ」と遊びでネタを振る。それで赤塚さん、弱々しいトーンながらも「パッパパパッパ~ッ正露っ~丸~ん」と返す。そうやって馬鹿げた遊びの夜は更けて行った。

ちなみに赤塚さん、仕事があってその日の早朝には伊豆をたって東京に帰ったらしい。タモリは放送で「大丈夫だったかな。あの後まだあっていないんだよね」「死んではいないと思うが。赤塚不二夫タモリとの麻雀が原因で亡くなったでは困る」「不二夫ちゃん。生きていたら(元気だったら)連絡ください」と放送で話していた。。

正露丸の話しには当時の私には「なんぶなんでもやりすぎだろう」と思えたが、彼らの関係ではそれは許される冗談で通ったのだろう。このエピソードでも赤塚さんとタモリとの関係は深かったことが分かる。仕事に関係なく、「素」の自分をだせる相手だった。そういう人物にお互いで合えたことは、前回でも述べたが本当に「幸運」だったといえるだろう。

以上何の落ちもなく・・・すいません・・・なんてことない話だが、どういうわけか赤塚さんの訃報を聞いて、この赤塚さんとタモリのエピソードを思い出した。ちょうどその頃私も受験生でブルーな時期。心から楽しめることもあまりなく、こういう話を聞いてどこか気分を紛らわしていたのだと思う。

そういう意味ではこのエピソード、赤塚さんとタモリにとってはどういうことのない極々小さな出来事でも、私にとっては青春時代の思い出につながる話である。漫画とは別にそういうエピソードを提供してくれるところもまた、赤塚不二夫の魅力といえると思う。
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by phtk7161 | 2008-08-07 07:57 

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