社会問題を考える


by phtk7161
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海上自衛隊(特別警護隊)での格闘訓練死亡事件の今後・・・犯罪処理の普遍性について

以下の文は以前このブログ(2007年5月3日)で記したエピソードである。

「中学時代に野球をやっていた。私のいた中学は野球が強く、県でも何度か優勝した実績を持つ学校だった。この野球部は、練習はもちろんのこと先輩後輩の上下関係も厳しく、しごきを受ける毎日。ケツバットは当たり前で、一人の先輩に付き人のようにつくのが決まりだった。雨が降った日には室内練習の後、説教という名のいたぶり。おまけに盆と正月、テスト期間の数日を除いては、休みもない。最近でも高校野球レベルでの先輩からの暴力事件が記事になるが、それとかわらぬレベルを中学時代にやってたわけだ。

 この野球部は、下級生が途中でクラブをやめるときは最後の練習というなのしごきを受けなければならなかった。1周350mほどのグランドをうさぎ跳びで何周もさせ、懸垂100回、腕立て1000回(できるわけない)、人を肩車してのスクワット100回と、中学生の体力ではまず不可能な内容だ。当然、やめる生徒が泣きながら体が動かなくなるまで続けるわけで、まわりで見ている下級生の部員のほうが、やめることに恐怖を覚える内容だった。やくざがなかなか足抜けを許さないようなものだ。それでも、入部当初の同級生の半分近くがやめていった。」

広島・江田島市で海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」の養成課程の男性隊員が多人数相手の格闘訓練後に死亡した事件。この事件の質は上記のエピソードの延長戦上にある・・・もちろんことのレベルは断然違うけれども・・・ものといってよい。配属願いをだした人物に対し、それを足抜け行為だとして「はなむけ」の名目でしごきにかける。それは集団暴行にほかならない。その意味合いは、特別警護隊を離れることの抑制と士気高揚の意味合いがあるのでああろう。

今回の行為はその内容からしてもとても自衛隊の業務行為とはいえない。刑法における正当行為でもない。だから今回の行為の「違法性」は阻却されないことになる。このことは被害者本人に行為の消極的承諾があったようにみえてもかわらない。客観的に見て今回の行為は、彼の置かれている立場を考慮すれば、明らかに社会的妥当性を逸脱した行為である。結局暴行が故意で行なわれている以上、今回の行為は間違いなく傷害致死罪(結果的加重犯であるから)に当たることになる。

おそらく今後防衛省サイドから遺族に対して、「補償金」提示や「国家の防衛機能維持のために、穏便に済ますことに協力してくれ」などいろいろなアプローチ(圧力)があるであろう。しかし事件の実質は、相撲界でおきたリンチ事件と同じなのだ。少なくとも教官2人と14人目の相手は起訴されなければ、とても法治国家とはいえない。「防衛」を理由にもし起訴すら免れるのなら、シビリアンコントロールは機能していないのと同じである。シビリアンコントロールの実質は、民主的コントロールであり「自衛隊(軍隊)の存在を法的範疇において聖域化しない」ところにある。

今回「はなむけ」行為を行った者に(教官2人と15人の隊員)、被害者を死に至らしめる意図などもちろんなかったであろう。しかしそれはあの大相撲の加害者にもいえることなのだ。だれも「死」に至るとは思っていなかった。しかし「死」に至らしめることになった。その結果の責任は取らなければならない。正当でない行為により、一人の人間の生命が失われたのである。そこに聖域などあるはずがない。ましてや今回の事件は戦場での行為ではないし、正当な訓練でもないのだ。そこにあるのはただの集団暴行である。

今後事件をめぐり、防衛省、警務隊、防衛大臣、ひいては内閣(首相)の質が問われることになる。仮に警務隊が送検しなかった場合、検察がどうでるか。検察も捜査権をもつ(独自に捜査できる)。そうなった場合には、検察の質も問われることになるであろう。

この事件では、事件の取り扱いをめぐってのメディア対応も気になる。ニュースで事件を伝えてはいるが、どうも何か遠慮がちにもみえてならない。特にキャスターやコメンテーターはこれはもう分かりやすい。彼らは大相撲のリンチ事件についてはコメントはできるが、この事件ではコメントできない(しない)のだ。自主規制か局の要請か。まさに「強い(怖い)組織」とは喧嘩をしないという、メディア(特にテレビメディア)の対応である(情けない)。

自衛隊が如何に高度に「物理的な戦闘機能」を備えた組織であるとしても、それを恐れて沈黙してはならないし、如何に国防にとって重要な組織であるとしても、そのことと犯罪行為は関係ない。この事件でも犯罪処理の普遍性は貫かなければならない。それを貫けるかどうかはまさに立憲民主主義におけるシビリアンコントロールに関わる問題であり、それに従った処理をすることが、自衛隊内部の常軌をはずれた集団行為から、個々の自衛隊員の生命を守ることになるのである。
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by phtk7161 | 2008-10-15 01:36