社会問題を考える


by phtk7161
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カテゴリ:社会問題( 1 )

  9月10現在4022件。これは日弁連に起こされた光市母子殺害事件の弁護士に対する「懲戒請求」の数だ。私はこういう・・・安易に懲戒請求してしまうような・・・人間をもっとも恐れる。冷静に問題の背景(何が問題となっているのか)や弁護制度の趣旨さらには法のありかたなど、自らは何も知ろうと努力しないまま感情のおもむくまま行動を起こす人間ほど、立憲民主主義にとって脅威となるものはない。ヒトラーや戦前の日本の軍国主義によるファシズムがおきた大きな根本的原因はこういう人間による感情的行動(衆愚的なポピュリズム)なのだ。

 テレビのニュース(ワイドショーも含む)を見たり週刊誌読んだけで、この裁判の根本的問題点の何をあなた方は分かったというのか。なぜ三権分立のひとつに司法権があるのか。その司法権を担う裁判制度においてなぜ弁護制度というものが存在しているのか。「懲戒」に値する行為とはどんな場合を言うのか。自ら知る努力をせずに、自分こそ懲戒に値する一タレント弁護士の軽薄な煽りに乗って「懲戒」の請求をおこすことが、あなたがたは本当の「正義」になるとでも思っているのか。

 断言してもよい。あなた方は決して少数者の味方にたつことはない人間であろう。もしかしたらいじめをやる側の人間かもしれない。自らの頭で考えようともしないで、自らの「感情」にあうなら「理性」など簡単にけっとばす。世間話のレベルでけなすのはかまわない。それはあなた方の自由な権利でもある。

 しかし合理的理由もなしに物理的に行動で特定の人間に対しマイナスの影響を与えるなら話は別だ。相手にも弁護活動のための自由があるのだ。それも考えず感情の赴くまま自らのストレス解消も含めた行動をおこすことは慎重でなければならない。なぜならあなた方のそういう軽薄な行為が、究極的には法に基づく「自由」な社会を壊してしまうことにもなるのだから。

 こういう人間が裁判員制度に参加して、まともな議論を経たうえでの判決がだせるのか。「市民」「世論」「庶民」いずれも「善」としてのイメージをもつ言葉だがそれは冷静な理性と人間らしい感情とのバランスが取れた人間であることが、その前提条件なのだ。「やったれ」的にのりで行動するのはお祭り的もので十分。人の人生や生命に関わる裁判。何でもドラマ化して感情の赴くままお遊び感覚ではやってはいけないのだ。

 今回のあなた方のと懲戒請求の行動は「パパラッチ」的ポピュリズムとなんらかわらない。光市母子殺害事件の弁護行動が「懲戒」の対象になるのなら、弁護制度などないに等しい。そうでないというなら、今回の弁護行動のどこが懲戒の対象になるというのか。そのことをタレント橋下徹弁護士ともどもきちんと論理的に説明すべき義務があなたがたにはあるといえる。

 そしてさらに断言してもよい。大きな組織の暴力団の組長がどんなに同情の余地のない残虐な事件をおこし、その弁護に際し弁護人がどんなに滑稽で腹の立つような弁護活動をしたとしてもあなた方の大半はその弁護士に対する「懲戒」請求などおこさないだろう。もちろん今回の一タレント弁護士もそういう場合には懲戒請求を口にすることもない。なぜなら行動の結果何らかの被害を受けるかもしれないという恐怖があるからである。所詮あなた方の「正義」とはその程度のものなのである。そのことは肝に銘じておいて欲しいと思う。
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by phtk7161 | 2007-09-11 08:24 | 社会問題