社会問題を考える


by phtk7161
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<   2009年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

ここのところ私のブログでは、西松建設に絡む小沢代表の問題を続けて記事にしている。もちろん他にも書きたいことは山ほどあるが、何せあまりに掟やぶりな出来事・・・反則技・・・なのでこの問題に関連することを書かざるをえない。今回もまたこの問題について書きたいと思う。どうぞご容赦のほどを。

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小沢代表の辞任を求める声が、世論調査によれば6割~7割あるらしい。確かに国民は政治の主役。世論調査はその国民の声の結果ということになる。しかしこの結果について、問題点なしとはいうわけにはいかない。

世論調査で明らかなことは、民主党を支持していない・・・無党派層はのぞく・・・人は自ら他に支持する政党があるわけだから、こういう人の声は当然小沢代表に対しびしくなることはあきらかである。他党のマイナスは「ザマミロ」であり、当然駄目だし的に「やめろ」という答えになる。

一方民主党を支持していながら「やめろ」という人は、次期衆院選でのマイナスあるいは、小沢体質改善の気持ちから、イメージダウンを心配してよかれという事からの結論だと思う。これはこれでわからないでもない・・・私はもちろん反論するが。

問題は無党派層の人がどうおもっているかこれが問題である。これに関し世論調査で気になった点がある。当初は、少ないながらもその質問項目に「今回の検察をどう思うか」という質問を設けているところがあった。この時私の目にした調査結果は、問題あり・問題ない・その他がおおよそ4対5対1だったように記憶している。一部雑誌の調査結果では問題ありが5割あった。これを見る限り少なくとも4~5割の国民が、今回の捜査に疑問を抱いていることになる。

ところがその後に有名新聞にのる世論調査では「検察捜査の妥当性」についての調査の項目がない(少なくとも私の目にした限りでは)。これはおかしい。今回の事件は「検察の捜査の妥当性」を抜きに語れる問題ではない。両者はパラレルである。検察の捜査に問題がないのならば(過去の摘発事件や捜査時期・罪質とのバランス面も当然含む判断で)小沢辞任は肯定のほうに向かいやすいし、問題があれば否定のほうに向かう可能性が強い。その点を考えれば、今回の件を調査するとき「検察の捜査の妥当性」は調査項目から切り離せない項目のはずである。

しかも、「検察の捜査に疑問を持つ声もありますが・・・与党に同じ疑惑があるのにいきなり一方の方だけ突然の逮捕に検察が踏み切ったことで・・あなたは今回の検察の捜査に問題ないと思いますか」という項目の存在は、他の質問の回答にも影響あたえる可能性がある。その項目があれば「そうか、そういう声もあるんだ」ということをふまえて判断することもありうるからだ。

だいたい世論調査で回答する人で、この問題の背景や政治資金規正法の存在(趣旨)まで踏まえて回答する人がどれだけいるかのだろうか。ただ単に巨額の政治献金をもらっていたから「悪者」だから辞めろという回答者もけっこういるような気がする。

新聞の見出しにも問題が多い。テレビ・新聞の「小沢代表辞任を6○パーセント」トップの見出し(太字の部分)をぱっと見れば「やめて当然じゃん」という風に思うだろうが、一方で首相にふさわしい人という項目で麻生首相と5分5分(数パーセント差で勝ったり負けたり)という結果は、やはりみすごすことの出来ない結果であろう。もし先の見出し(太字の部分)と同時になお「首相としてふさわし人では麻生首相となお5分の結果」という見出しならば、これまた印象は違ったものにもなろう。これらのこを考えていくと「世論調査のあり方」とそれをうけた「トップの見出し(太字の部分)」のあり方も、今回の問題の重要なポイントだと思う。

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ところで、今回のことでよりはっきりしてきたことがある。それはテレビ・新聞等のメディアは、もはや世の中を啓蒙していく存在ではなく、逆に記事を評価(採点)される立場にすぎなくなったということである。ネットなど高度の通信機器の普及で今ではその気になればだれでも数多くの情報に接することの出来る。その(情報)中にはもちろんインチキまがいのものもあるが、しかし情報の確かさを冷静に分析し、他人の尊厳を意識したうえで自らの視点をもつ・・自分の頭で考える・・・人なら、かなりのレベルで物事の全体像をそれなりに見分けることも可能である。

そういう時代にあっては、テレビ・新聞はその記事内容で、メディアとしてのレベルを判断される時代になったといえるだろう。そういう点からみた今のメディアの役割は、多方面からの多くの情報をろ過しより絞り込んだ客観的情報の提供力・個人レベルの視点からみる能力・権力を監視する能力をどれだけ備えているか、そのうえで、真実に近い情報を過剰(扇情)的表現をすることなくどれだけ視聴者・読者に提起できるかそこにあるといっていい。今回の西松事件もこの観点から、当然それぞれのメディアは評価(採点)されるることになる。

メディア側はこういったことは意識していないと思う。しかし間違いなく、もはやメディアが視聴者・読者をリードしていく時代ではない。それよりも一般の人間の接する情報より、一歩進んだ高いレベルの客観性・真実性を持つ情報を提供して、あとは読者にその判断をゆだねる時代になったのである。感情的・扇情的情報には、もはや視聴者・読者はあきあきしている。少なくとも、経済的対価・・・お金・・・を払って情報に接しようとする視聴者・読者はそうである。そしてそういう読者の経済的対価が今後のメディアの趨勢をきめる。視聴者・読者の質を問うことなく、ただただ面白半分に一方的に事件を煽動的に扱い、ドラマ劇にしてしまうメディア機関(テレビ局、新聞社)は、このまま衰退していくしかないといえよう。
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by phtk7161 | 2009-03-31 18:59
横光・小宮山両議員が、小沢代表に対し代表辞職を求めた。しなしながら私は今回の出来事で小沢代表が辞任などする必要はないと考えている。すでに述べたことだが、あらため下記にその理由を述べる。

西松建設をめぐっての一番の問題は何か。それは西松が禁止されている企業献金をごまかしてやったことだ(政治資金規正法違反)。そういうカネをもらった点では与野党とも同じである。

なるほど小沢代表の献金額は他の議員に比して大きい。しかし与党(自民)の議員への献金も、その総額は軽く億をこえている。一人単位でみても個人の総額で数千万から億に近い献金をやはり手にしている議員(自民党)も複数いるのである。そのレベルの金額を手にしているのに、小沢サイドは違法性の認識があったが自民党の議員側にはその認識なかったとすることはどうみても通らない理屈である。つまり政治資金規正法違反の点で、両者に罪質の違いはないのである。

それを小沢落としをしたがる者は、「小沢は特に悪質だ。」という。馬鹿も休み休みいってもらいたい。どうして与党側で判明している金額なら、特に悪質ではないといえるのか。さらに「小沢は、便宜をはかったのではないか。」そういうものものいる。しかし犯罪として立件できないレベルの便宜・・・仕事を得るためにおぼえめでたくしてもらうこと・・・なら、絶対的に与党のほうが数が多い。公共事業をめぐるこの手のことがらは、各地方地方でなわばりを持つ大物議員にはつきものなのである。またそうであるから、今の地位までこれたのである。

そういう中で、検察は与党の議員を立件しようとしない。小沢代表の後でというのかもしれないが、形式犯という罪質を考えるとき、情報をリークと起訴という攻撃を先にやられたほうは決定的にイメージを下げ、結果として与党を大きく助けることになる。これはどうみてもアンフェアである。与党にほとんど手をつけずに、野党にダメージを与える検察の起訴や情報リークのやり方は、政治工作以外の何者でもない。

民主政治おいては、こういう捜査は厳しく断じられなければならない。本来なら今回の捜査に対し、民主党の議員は民主政治のためにその捜査手法と厳しく戦っていかなければならないはずなのだ。ところがあろうことかその民主党内で、肝の据わってないドラマまがいのイメージ選挙ばかりに頼る議員や党内での勢力の拡大ばかりに気持をとらわれている議員は、物事の本質を考えることなく、安っぽい正義ばかりにとらわれ辞任を迫る。その頭の中は白い手袋=クリーンという軽薄レベルである。

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今日本の政治で一番大事なことは、政権交代である。町に巨大スーパーが1軒だけの状況より、2軒あったほうが消費者にはプラス面が多い。政治もそれと同じである。この重要性は今の政治の最大限の優先事である。

小宮山議員や横光議員は、それぞれ前原グループ・横路グループに属しており、いわば党内では両極端のグループだ。そして両議員ともテレビの世界で生きてきた・・・アナウンサー、俳優・・・過去から、どうしても選挙をテレビ的イメージ優先で戦おうとする。

でも考えてみるがいい。イメージばかりの小泉劇場がどういう社会を生んだか。先の参議院選で民主党が大勝利したのはなぜか。足元の生活で苦しんでいるその有権者の実感に目線を移した「生活重視」と泥臭いながらも足を地をつけた地道な選挙のやり方は、きれいな色だけをみせようとするテレビ的なイメージ選挙の手法に劣るものなのか。きれいきれいだけのイメージで選挙に勝ち、生活目線がないままで与党になっても、そんなものは小泉政治の蒸し返しにすぎない。

さらにいえば、両議員の軽薄な点は、では小沢代表にやめてもらってそれで党がまとまるかということだ。彼らは岡田氏に代表になってもらえればクリーンなイメージの元で選挙を有利に戦えるとおもっているのかもしれない。しかし党の維持はイメージだけではどうしようもない。特に民主党のようにいろんな考えが存在する党・・・これはこれで党にとっていいことなのだが・・・の実務運営は大変である。時にまとまりを促すためににらみを聞かす。地方によっては現実を見据えた泥臭い選挙戦略も立てなければならない。

そういったことが岡田氏にできるかというと、あくが少ない人柄ゆえ正直不安である。いっておくが私は岡田氏の人柄は評価するし、総理になって欲しいと思っている。しかし衆院選の与野党対決という一点でいえば、彼では無理だと思う。たとえ表面ではまとまったようにみえても、水面下では副代表格や目立ちたがりの議員がめいめい好き勝手に動き出し、挙句に党が瓦解してしまう危険が十分にある。そしてそれを、与党は待ち望んでいるのである。

そうならないためには、小沢代表以外にやはり代表にふさわしい人物は民主党には居ない。金の問題で、いまさら小沢代表がクリーンといえないことなど私は百も承知だし、私と同じようにカネの問題も分かったうえでそれでもなお政権交代のために小沢民主党を支持している人も今だ多いはずだ。むろん小沢代表と同じようにカネに問題ある人物は、与党にも数多くいる。政治とカネの問題は、与野党ともどっぷりの現実がある。

それを踏まえたうえで、では今の議員で与党を窮地に追い込み、アメリカ万歳・官僚利権万歳の行政に対抗し、アメリカに正面から物をきちんと言える議員が小沢氏以外に与野党問わず現時点でいるかといえば、私はいないと思う。だからこそ彼は、これまで既得権益にあぐらをかいてきた者達にとっては、自らの権益を害する危険人物といえる。そのため、今回のような政・官(もちろん東京地検特捜部を含)・財(保守メディ含む)による小沢包囲網が築かれたのである。

今保守系のメディアがこの問題でどういう報道ばかりしているか。小沢落としにやっきである。毎日毎日「辞任」の文字を記載し連呼し、なんとか辞任の流れをつくりだそうとしている。もちろん検察の情報そのままの、検察援護の記事がおどる。こういうメディアは、検察は間違いなどおかさない公明正大な組織であり、この組織には不透明なカネをめぐる問題など今まで全くなかったとでもいうつもりなのか。小宮山議員と横光議員は、今回保守系メディアと同じように、金の問題で小沢代表に辞任をせまった。彼らはいったい誰と戦って、日本の立憲民主政治を実現しようというのだろう。

小沢落しなど、政権獲得後存分にやればいい。どうせ小沢代表は総理のイスには固執しない。どの道政界再編は必須であり、近いうちにそれにより将来の日本の道を本腰をすえて決めなければならないのである。もちろん政権獲得後は、日本の民主政治のために、私も今度は政策論的に与党民主党を厳しく攻撃する。そうすることが日本の成熟した民主政治への一歩だとおもうからだ。しかしそのためには、外的・内的にある程度はまとまった形での政権獲得が必要である。

その目標を法律論もよく考えず目先のイメージばかり気にして、代表をかえて壊そうとする。彼らは日本の政治の将来を薄っぺらくしか考えることができないのか。それとも、今回の発言は前原(野田)議員や横路議員がいわせているのか。いずれにしてもこんなことで動揺しているようでは、アメリカ大好きの政財界や与党の思う壺である。
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by phtk7161 | 2009-03-26 03:06
今回の検察の捜査にはもうひとつの側面も見え隠れする。それはすなわち新自由主義を唱える「規制緩和」組擁護の姿勢である。これまでも規制緩和を唱える人物達のカネにまつわるスキャンダルは、とりだたされてきた。

しかし、堀江や村上など成り上がり的な人物を除いて、政府あるいは実業界でも政府とより強いつながりを持つ人物は摘発されていない(例えば竹中氏に近いK氏の利益相反的な行為も結局はみのがされている)。そう考えていくと、今回の事件は与野党問わず今回の事件はゼネコンと政治のつながりへの断絶の側面もある。

以前から入札制度をめぐっては、市場の開放を求める外圧がかかっているのはご存知の通り。しかし市場開放「善」を叫ぶ市場万能主義者がフェアな連中かというとそうではなく、契約という手段の名の下にインチキ出来レースをやっているのもこれまた事実である。

そしてこういう動きについては、たとえば簡保の宿の売却や外資系投資会社への郵貯のお金の流通について何のメスもはいらないままだ。国民の資産を脅かす(一方は税金、一方は国民の貯金資産)という意味ではどちらも同じであるし、むしろ郵貯額の莫大さからいえば、こちらのほうが大きな問題だろう。しかしそこに権力ははいっていかない。

結局今回の出来事は自民党体制の中で長期に渡ってきた行政システムの中で、既得権をもつ官僚(もちろん検察を含め)と実業界でも自らの基盤の安定をアメリカ的なるものに全て依存する者・・・対アメリカについては思考を停止し嫌われないよう必要以上に媚び配慮するもの・・・に有利な出来事だということである。検察・官僚・規制緩和(市場万能新自由主義者)は小沢おろしという点については見事に利害が一致する。

このことはもちろんメディアも無関係ではない。たとえばメディアのなかでも簡保の問題について、オリックスを応援していた新聞・テレビ局ほど、今回小沢たたきに懸命である。これもまた今回の出来事から垣間見えて、面白いように思う。それはまた、行政システムと対抗しアメリカにものをいってしまう小沢代表の存在が、如何に彼らにとって邪魔な存在だということを示しているともいえるだろう。
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by phtk7161 | 2009-03-17 14:30
民主党小沢代表の西松建設からむ秘書逮の捕事件は、まだまだ予断を許さない。今後どうなっていくのか。検察が、政治資金規正法違反から次の段階への犯罪・・・たとえば贈収賄・・・で立件できるのか。世論という、これまた全幅の信頼性はおけない世論調査の結果とやらで、辞任することになるのか。それともこのままなんとか持ちこたえて、衆院選まで代表として与党と戦う形にもちこめるのか。予想はつかない。

ただこれまで明らかにされていることから判断すれば、もし仮に小沢逮捕があったとすれば、そのときは検察が引くに引けない面子のためむきになって逮捕した可能性が強いであろうということだ。贈収賄は具体的な請託や職務権限も絡む。小沢代表は長い間政権党にはいない。たとえ野党ながら政治力があるとしても、さて西松が受注できるために具体的にどういう職務権限で彼自身が便宜をはかったか、これを立証するということになると相当に困難である。

漠然とした政治力を示す表現でよく「厳然たる力」といわれることがある。この「厳然たる力」を小沢代表がもっていることは確かであるが、こういう力は何も小沢代表だけにあるわけでない。程度の違いはあれ、与党・官僚の有力どころの政治家や役人も同じような力をもっている。

検察としては、関係者や秘書の供述に頼る立証に力を注ぐだろうが、関係者の供述の動機まで含めて考えていくと・・・例えば政府側からの何らかの圧力の可能性やこの一連の空気のなかでの検察に対する恐怖など・・・その供述の信憑性に疑問なしとはいかないであろう。

何より今回小もし沢代表が贈収賄で立件されるなら、今後は検察がその気になれば贈収賄で立件できる人間はゴマンといるということになる。それはある意味政治機関(家)に対する脅しの武器を検察が手にしたのと同じである。あげるかあげないかは、検察の好み次第。これは恐怖検察社会以外の何者でもない。

民主政治においては権力を持つ機関にはルールがある。それは具体的な個人の人権を守るとき以外は、権力はピュアという名の実はただ単なる無知により猛進してはならないということだ。国家という名目を掲げた安っぽい正義感ほど危ういものはない。ゲシュタポ・戦前の特高警察・独裁国家の秘密警察いずれも独裁的権力者の擁護のために国家という名目のもと、安っぽい正義感(国家=ALL善)を行使してきた連中である。

もし今回検察の行使が妥当といえるためには、与野党問わず西松建設から献金を受けた政治家は全て同時に立件しなければならない。政争の手段とられてしまうような捜査のありかたは、それだけで検察失格である。形式犯でも立件したいのであれば、それについて与野党双方に疑惑があるときはそう思われないようバランスをはかって捜査(ことに逮捕行為について)をする。それが民主政治における、検察のあり方だと思う。
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by phtk7161 | 2009-03-17 13:34
西松建設にからむ小沢代表の秘書逮捕の影響は、その後様々な様相をみせている。小沢代表のみならず、自民党にも献金が多くの人間にいきわたっている事実や漆間服官房長官の「自民党には捜査は及ばない」という発言など、事態は混沌としてきた。

今回のことに関しては、秘書の逮捕のことだけでなくほかにもいろいろ書きたいことがある。たとえば政治資金のありかた、今の選挙制度・・・無所属のものにとってかなり不利な内容である・・・など、これを機会に書きたいのだが、今回は東京地検特捜部のおこなった逮捕行為にしぼって書いてみたい。

私の結論からいえば、今回の逮捕はこれを端緒として今後短期間に収賄事件として立件できない限りはやるべきではなかったと思っている。なぜなら、政治資金規正法はあくまで形式犯であり、その行為自体は何らかの法益を侵害する犯罪ではないからである。

なるほど形式犯であっても違法行為は違法である。しかし政治資金規正法の内容はある意味、立法機関(国会)が自らの事柄に関する仲間同士でのルールとしての側面が強い。したがって検察がいきなり乗り込んで解決する手法の対象には、なじみにくい犯罪といえる。

政治資金に名を借りた収賄として立件できない限り・・・したがって職務権限や具体的な請託の立証が必要となる・・・、検察は政治資金規正法でこういう手法はとってはならない。こういう手法が簡単にまかり通るようになればなれば、ロシアのようなKGBの暗躍する恐怖社会になってしまう。

検察(特に特捜部)が今よく考えなければならないことは、自らの組織がどういう性質を持つ組織なのか、それを改めて認識する必要があるということだ。実際検察はどの組織より・・・裁判所・警察・国会・内閣・・・実質でもっとも他の組織から干渉されにくい立場にあるといっていい。監察官もいない。弾劾裁判所もない。メディアも裁判所は批判できても、検察の持つ刑罰権の行使という力のまえでは、その追求は鈍りがちである。

確かに検察も行政組織のひとつ(法務省)であるが、そのトップ(大臣)であってもやはり検察を敵に回したくない気持ちはあろうし、それは国会を構成する議員も同じであろう。どうしても検察の行為に対しては、腰が引けてしまいがちである。すなわちもし検察が暴走したとしても、それを実質として迅速に是正できる制度や組織はない。たとえば指揮権発動も、所詮は個々の逮捕に関して行なえるだけである。

そういう性質をもつ検察が、捜査に当たって特定の政党や団体を恣意的に狙い撃ちしたなら、民主政治はひとたまりもない。だから検察は捜査に当たっては、そういった疑惑をだかれないよう捜査しなければならない。国民に捜査おいてそういった疑惑をだかれるようなら、もはや検察は(特に特捜部)はKGBやCIAのような情報機関・政治工作機関と同じである。

今回の逮捕劇は、やはり問題である。今回の逮捕理由も、時効の問題・秘書の自殺防止理由を挙げようと思えばいくらでもあげられよう。しかし政治資金規正法違反の罪質・・・個人の議員に対する企業献金違反・・・からすれば、バランスが明らかに悪い。ある意味で警察比例の原則からもおかしいといえる。もともと今の法にさだめられた逮捕要件など、なくても簡単に「ある」とできるレベルのものである。そこでは裁判官の事前の令状審査など形式的手続きにすぎない検察の主張する理由などいくらでもつくることができる。

検察が今回の逮捕の正当性をいくら主張しようと、一方の与党にもい同じ内容(政治資金規正法違反)の疑惑があるのに、一方的に小沢代表の秘書のほうだけをセンセーショナルに行なった事実は否定しようもない。やるなら与党の疑惑も固めた上で、与野党同時に逮捕すべきであったと思う。そうでないと、与野党ガチンコ対立政権交代も可能な今の状況では、今回の逮捕行為は一方的に与党に有利となり、小沢落としとみられてもやむをえないだろう。

少なくとも政治資金規正法違反は、表現としては妥当でないかもしれないが所詮は「その程度の」犯罪なのである。政治資金としての金額はオープンに公開されている。内容にごまかしがあっても、裏で非オープンの形でカネを受け取っているわけではない。税務申告でいえば、自らの日々の食事代を交際費として控除しようとした程度のものである。普通なら、修正申告ですむ話でありやっても書類送検レベルであろう。もっといえば、大なり小なりこういった今回のような古典的手法より政治資金を得ている議員は他にも多々いる。そう考えていくと、これは今現在の法的質からずれば、政治生命を左右するほどの犯罪とはいえない。

それなのに、この犯罪・・・政治資金規正法違反・・・で検察は小沢氏の秘書を逮捕した。その衝撃は大きく、結果として検察が与党をアシストした逮捕であったことは否定しようもない。もちろん今後短期間に収賄として立件できるのであれば、話は別だ。そのときは今回の逮捕も肯定できる。はたしてそうなるかどうか。結局政治資金規正法違反だけであれば、今回の問題での検察の責任は大きいものがあるといえよう。
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by phtk7161 | 2009-03-09 10:56
今回の小沢発言に対する私の本音を言えば、政権取りの見えた今、日米安全保障の大きな見直しについて述べることはあまりうまくない(それどころかまずい)かなとは思う。しかし「政権をとる以上はこれまでの自民党政権とは違い、日米関係についてアメリカの一方的な従的な立場を変えなければ、日本はジリ貧になっていくだけだ。それでは、政権をとっても意味がない。」と思った彼の気持ちもなんとなく分かる。

オバマ大統領の麻生首相への扱いをみても、形式では華をもたせたのだから(最初に招いてあげたのだから、ヒラリーを最初に訪問させてあげたのだから)そのかわり実質で返せよ(カネは惜しみなく出せよ)で、今後一層拍車のかかった従たる日米関係が進むのは間違いない。それが小沢代表の危機感をより一層強くさせ、この発言につながったのかもしれない。

政権奪取のいい流れになっているのに、我慢できず渦中の栗を拾うことをする。これが小沢という人間の最大の長所であり、また最大の短所でもある。ま、大雑把すぎるがようは単にある考えを述べただかのことだから、大騒ぎするほどのことでもない。主権として権力をもつのは結局国民であるから、選挙で国民が判断すればいいだけのこと・・・たとえメディアに踊らされ選択したとしても、自ら選択した以上それもまた国民主権・・・である。だから別に今回の発言は大騒ぎするほどのことでもない。

もっとも、アメリカにべったりよりそっている多くのメディアはそうはいかない。いっせいに小沢(民主党)攻撃をはじめるだろう。流れ次第でカネの問題も持ち出し、政官財も加わり小沢民主党(小沢氏が代表の民主党の形)つぶしが始まるかもしれない。今の日本の政官財で権力を持つ人間の多くが自らの存在基盤をアメリカに依存している以上・・・権力を行使する動機が日本国民でなく、アメリカ高官のためである以上・・・この流れはありえないことではない。

そうなった場合、アメリカと一緒の防衛大好き議員・・・あえて誰とはいわない・・・を民主党の代表にすえ、場合によっては自民党と手を組みこれまでの日米関係を維持しようとするだろう。もしそうなればカネだけでなく命(自衛隊員)もアメリカのために捨てる日米関係がより進んだ形で続くことになる。

改革やチェンジを叫ぶ政治家が、アメリカとの関係だけはそうしようとしない。そんな政治家はアメリカの奉公人にすぎない。もちろん現実の問題点をみすえ、ときには問題点にも目をつぶり妥協点をみつけていくのが政治だが、そうであるそしてもこのところのアメリカの日本へのたかりは度を越している。本当の改革・チェンジを望むのなら、その点では小沢代表の今回の発言はその内容の捉え方次第で決して失言ではない。
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by phtk7161 | 2009-03-02 06:10
小沢氏代表の日米安全保障に関する「日本における米軍の存在は第七艦隊で十分」とする発言が物議をかもしている。与党はこれを民主党攻撃の材料として批判しだした。

小沢発言はその真意の解釈で意味が違ってくる。発言を好意的に解釈すればその長所はなんといっても、日本のアメリカへの経済的負担を軽減することができるとうことだろう。小泉政権以降の「アメリカのポチ」的な形は、日本にかなりの経済的負担を増大させた。アメリカに言われるがままにカネを出す。特にアメリカの軍事面での再編計画においては、日本は一方的にその経済負担を負わされてきている。そしてそれに乗じて一儲けしようとするやからも存在する。そのありかたはまるで、日本の軍事面でのODAともいえる。

日米間の問題は、何も安全保障に関してだけではない。近年の派遣契約のありかたや裁判員制度にいたるまで、このところの日本の数多くの導入された政策が、日本の「アメリカ化」を意味したものだ。その決定は霞ヶ関の官僚とアメリカ高官との間で行なわれ(もちろんアメリカ高官主導で)、そこでは日本の政治家など都合のいい操り人形にすぎない。

日本の官僚はこういった政策導入のため、その政策に賛成する人間・・・有識者といわれる方々・・・が多数を占める会議をそれがまるで国民の声の代表だといった形で開催し、その後は国会のおける委員会レベルで数多くの問題のひとつに埋もれさせたまま、その政策を通過させる手法をとってきた。そしてこの形でこのところの日本のアメリカ化はいっそうの拍車がかかっている。例えば今後も日本はアメリカ債権買を一層強く求められるだろう。

このままでは一方的にアメリカにしゃぶりつくされる。なぜこうも一方的になってしまうのか。その大きな原因はオールマイティなジョーカー的日米安全保障にある。だからそれを見直していこう。それが今回の小沢発言の真意であろうと思う。ようは一方的な日米の「主従関係」を少しでも「対等の関係」にということだ。

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もちろん日米安全保障を見直すことになれば、日本の防衛力が低下するとは避けられない。そのため自衛隊の防衛力増強はさけられない。現実に対外的脅威が存在する以上、これはやむをえないといえる。その場合いきつくところは実質的な意味でのシビリアンコントロールの徹底ということになる。民主的コントロール・・・物理的脅威をもつ軍の影響を討論の場(国会)からの排除すること・・・による軍事力の運用の徹底がかぎとなる。

米軍基地を削減して日本の軍事力を増強するというのであれば、同時にシビリアンコントロールを徹底していくこともセットで行わなければならない。米軍基地の削減は本来左派系の野党にとっては望ましいことのはずだ。

しかしその補充として日本の軍事力を増強するとなれば、彼らの反対強く反対するだろう。それでも現実的に対外脅威が存在する限り、米軍削減後裸同然ともいえる防衛の形のままあるわけにはいかない。必要で合理的最少限度の防衛力の増強はせざるをえない。その場合の一番の心配はなんといっても「いつか来た道」ということだ。その心配を払拭するためにも、「日米安全保障における米軍基地の削減」と今以上の「シビリアンコントロールの徹底」はセットでなくてはならない。

もし国際貢献をたてにした軍事力の大きな増強や、あるいは自衛のための必要最小限の増強であってもシビリアンコントロールの徹底が同時にセットでないなら、今回の小沢発言は完全なる失言である。まだ今のままの日米安全保障のほうがましである。そうではなく、今以上のシビリアンコントロール徹底・・・旧軍隊的思想の排除、例えば田母神発言など論外である・・・が必要最小限の軍事力の増強とセットであるなら失言とはいえない。今後の日本のあり方のひとつの形である。

もちろん、米軍基地の削減し、日本が軍事力を増強した場合、その国際関係・・・ことに極東・・・での影響は大きなものとなるだろう。しかし日米安全保障の存在がある意味ネックとなり、このところ日米関係における日本の「従」的立場に拍車がかかっていることも事実だ。そこに一石を投じたのが今回の小沢発言ともいえよう。
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by phtk7161 | 2009-03-02 06:07