社会問題を考える


by phtk7161
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鳩山内閣が誕生してすぐにブログの更新をしようと書き始めたのだが、どうも筆(キーがというべきか)がなかなかすすまない。何についてどの角度から捉えて書こうか断片的には浮かぶのだけれど、まとまった形でとなるともういけない。「いいや、やめとこう」ということに。

もともと私にはまえもってきちんと緻密に「構成」などして文章を書ける才能がない。頭に浮かんだら一気に手が勝手にすすむのにまかせるだけ。当然、誤字脱字・助詞の使用違いなど当たり前、おまけに表現も「なんだかな」で自己嫌悪などしょっちゅう。これに肩こりも加われば・・・質の割りに量(無駄に長文)だけは多いから・・・面度くさい「今日もパス」となってしまう。

というわけで、このところサボり癖がついた私のブログ。来訪してくださる方には、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、そこは政権交代システムの誕生という、この国にとってまことに大きなプラスとなるできごとがあったわけだから(もちろん理由になっていないが)お許しいただきたい。

できましたらこれにこりずこれからもたま~にはまたよってみてください。そろりそろりながらこれからも更新はつづけますから。

前置きがながくなりました。それでは本題へ。

いよいよ民主党政権が始動する。今回の政権はこれまでの政権とは違い、その政治手法のデッサンは明らかに異なる。一番の目玉といえる「国家戦略局」については、その具体的内容はなかなか明らかにされていないが、ようは「官僚主導から政治主導へ」を可能とするための中心的機関ということであろう。私自身は概要としては「大統領制」における官邸スタッフ的なイメージがしている。

このあたらしい政治のデッサンが、果たしてうまくいくかどうかそれはわからない。何せ相手は官僚。その組織には長い間引き継がれてきた慣習ともいえる・・・「裏金」や「利権」・・・体質をもつ。その相手を変えていくことは一朝一夕にできるものではない。

公的組織の不祥事がなぜなくならないのか。その原因は個々の公務員の資質にあるのではない。そうではなく、「公」「民」問わず組織というものに本来的にねざす「組織のための利益の追求性」にあるといえる

当たりのことだが、民間ならこの「利益の追求」を一番の目的に活動しても許される(もちろん合法の範囲でだが)。しかし公的組織の場合、その存在意義は何より国民(市民)のための「公益性」にある。職員の生活権が保証されている限りは・・・法による身分の安定保証・・・自らの組織の「利益の追求」は組織の本分ではなく、認められないあるいはいくらかは認められるとしてもず~っと後々に考えるべき事柄となる。

ところが長期に渡る自民党政権の下では、彼らは政権をコントロールすることによって・・・もちろん政権党のほうはコントロールされている意識はなかったつもりだろうが・・・「利益の追求」が彼らの本来の本分と逆転するようになってしまった。「公益性」ということの前に、彼らは自らの「官益」につながるかどうかで政策を決するようになってしまったのである。これが今の官の根底にある問題といえる。

行政国家現象化におけるこの「官の問題」を解決する鍵は、なんといっても組織の個々の職員に自らの組織の本分である「公益性」をあらためて認識させること・・・意識改革・・・につきる。それをどういう手法・・・(法)政策・・・で実現していくか。鳩山政権にとってこれもまた重要なテーマであるといえるだろう。次回はこの手法について私なりに考えてみたいと思う。
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by phtk7161 | 2009-09-23 05:46
国防総省については、彼らの反応はまあそうだろうと思う。小泉政権以降日本の政権はアメリカに(特に国防総省には)一方的飼い犬のようなスタンスをとってしまった。「日本相手はフリーハンドだ」彼らがそう思い込んでも無理はない。

しかしその飼い犬だと思っていた国が、政権がかわり自己主張(それも軽くなのだが)をはじめた。ついこの前まで、金をもってこいといえばもってくる、物理的協力(自衛隊による)をしろといえばしたその国が今変わろうとしている。

パシリがパシリをしなくなる。「金も物理的協力もあてにしてたのに。パシリのくせしていまさらなんだ!」彼らの気持ちはこういうとこだろう。まあ表面上そうもいえないから、建前としては「一旦結んだ契約は守れ」とそれらしい理由で述べる。

確かに小泉政権を誕生させその後の安部・福田・麻生の政権も我々民意の選択の結果。その結果責任は、前回衆議院選で小泉を支持しなかった私でも、多数決の原理のもとでは同じこと。「当時お前らが選んだ政府が結んだ約束だろうが!」そういわれると・・・国防総省の本音はともかく・・・私たちも彼らの主張を無下にはしにくい。

でもこうもいえる。アメリカも多数決の民意で選んだ政府の政策を、民主政治で実現していくことは重要なこと。今回の民主党の政策の背後には私たち民意の支持がある。これもまた民主主義国家では重要な論理。だから「聞く耳持たずでなく」民主党でどういう点が変わるのか・・・これまでの与党との考え方の違いは何か・・・その点は国防総省も知るべき義務がある。

ようは物理的喧嘩は強くなくても(というかこれはきわめて抑制的物理的使用の意思しかない自己意思の結果なのだが)もう「飼い犬」になるつもりはないし、また「パシリ」もしない。これからはそれぞれが法治国家であることを踏まえ、互いの国の法の範囲でできることを協力しあってやっていく。ただこれだけのことである。

小泉以降これまでわが国は実質的には法(憲法)の壁を積極的に越えるサービスを提供していた。この期間の政権はあまりに法というものに対し希薄すぎた・・・まあこの姿勢にはこれ(アメリカの要求)に乗じて軍事力増強を集団的自衛権をというタカ派連中の下心もあったわけだが、でも法というもに対してあまりにトンチンカンだったのも事実である。

民主党政権がそういう質の政権でないことを国防総省にも確認させることは重要なことである。そして相手を知ることは国防総省にとっても重要なことのはず。だからそのためにも、まずは互いに相手の話に一度耳を傾け、互いを知ろうとしなければならない。もしアメリカという国が確かな民主的法治国家であるなら、彼ら(国防総省)もそれができるはずである。
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by phtk7161 | 2009-09-07 02:09
選挙で政権交代が決まって以降すぐにブログを更新しようと思ったのだが、ふと今回の交代劇によりどういう動きがでてくるかそちらの方の興味にひかれ少し様子見をすることにした。投票日から約一週間がたち、この間に私なりに感じたことを書いてみたいと思う。度々アクセスしていただいた方には、更新がおそくなったことをお詫びいたします。

当たり前だが「選挙に勝つ」これはもちろん大事なことである。しかし負け方も・・・態度(潔さ)など・・・それに負けず大事なことだ。

長く続いた自民党政権に寄り添い安住してきた人間が、取り乱す姿ほどみっともないものはない。選挙当日テレビで読売オーナー渡邊氏の茶坊主三宅氏が怒鳴りまくる姿が映っていた。この御用評論家の哀れな姿をみていいたくなる。「なあ負けっぷりくらい潔くいこうや」と。

この期に及んで彼もまたKY安部とおなじようなことをいう。「教育基本法」「日教組」がどうたらこうたら。なぜ今度の選挙で負けたか、彼らはまだわかっていない。生活に不安をもつ国民の空気を心からうけとめられないのだろう。

どういう思想を持とうがそれは自由。だが政治を語るなら、その前に政治の一番の役割はなんといっても人らしくあるための権利保障めざすそれは踏まえておかなければならない。そのためには経済面で安心できるレベルの生活実現が何より重要なことである。この期に及んでそれもわからずまだ自己満足の思想遊びに興じるなら、あまりに愚か過ぎるといえよう。

麻生首相のぶら下がり取材でみせた態度もどうかと思う。「裏を取っているの」「いつもは裏など取らないのにね」と捨て台詞。「君はきかん坊か」といいたくなる。安部の再登板の可能性は0,1パーセントくらいだが、麻生の再登板の可能性はこれでミクロの世界となった。両者に共通しているのは、負けっぷりの悪さと潔よさの悪さ。

               ☆          ☆          ☆

それでもこれらの人物はまだいい。ある意味その程度の人物であることは、最初からわかっているからだ。所詮評論家は評論家。国粋評論家など刺身のツマにもならないし、安部や麻生も「劣化した政治」だったらこそ出番があったにすぎない。むしろ腹が立つほど情けなかったのは鳩山代表の雑誌投稿論文に対し過剰反応をみせたアメリカの連中だ。

ジェラルドカーティス教授・ウォールストリートジャナール(理由は2008・7・3当ブログ掲載記事)や国防総省・・・腹芸も使わず一方的に媚びへつらった小泉政権以降の日本政府の態度からすればむべなるかなと思う・・・たちは「連中ならまあそんなとこだろうな(予想の範囲)」という感じだが、ワシントンポストやニューヨークタイムズの記事にはあきれてしまった。「ここまで落ちたか」という感じである。

とくにワシンポストの鳩山論文の引用のしかたはあきれてしまう。論文ではきちんと「日米安保体制は今後も日本の基軸でありつづける」といっている。またいきすぎたグローバリズムや市場絶対主義・・・サブプライム問題がそれを証明している・・・の欠陥については世界の多くの人間がこれを肯定するだろう。むしろそうでないとする人間は少数派なはずだ。

「市場原理(自由市場)は重要だが、それによる経済の恩恵を受ける人間がほんの一部にすぎないなら、その結果はあまりにバランスをかいた社会になる。だから一定の是正は必要である。」この意見のどこがおかしいというのか。まさか郵貯の金ほしさで戯言をいったわけではあるまい。

ワシントンポストはかつてあのウォーターゲート事件を暴き大統領の首をとばした。メディアとしての権力監視の役割で名をはせたこの新聞が、いつからこんなレベルになりはてたのか。あまりに悲しすぎる。

アメリカの自由主義・民主主義社会では、いつまでバクチ経済にふけり高層ビルの部屋から路で暮らす人間を高級ワインを片手に見下ろすことが成功の証(かなりべたな表現だが)とするつもりなのか。こんな政治の形はあまりにダサすぎる。

先にあげたコロンビア大のジェラルドカーチス・ウォールストリートジャーナル。彼らの思考もまたこのレベルにとどまっている。彼らの論よりロナルドドーア(イギリス)やジョンキネスガルブレイス(アメリカ)の論に耳を傾けるほうがはるかに私たちには有益であると思う。

もっとも私もアメリカという国に影響を受け、数多くのこと(有益なもの)を学んだ。だからこそ「よきアメリカを取り戻せ」・・・実際ブッシュ・ラムズ・チェイ二ーの時代は最悪だった・・・これもまた私の願いでもある。リベラルな・・・アメリカではこの言葉は社会主義扱いだが・・・「よきアメリカ」は私も大好きだ。日米の民主党政権誕生をきっかけに、アメリカが少しづつでもそうなることを期待したいと思う。
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by phtk7161 | 2009-09-07 01:59