社会問題を考える


by phtk7161
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あえて罪人リストにあげなかったが・・・もうここは存在する価値すらもたないから・・・メディアが「米軍万歳」役人(乃至はそれとタッグを組む政治家)サイドの情報を先行して既成情報のように出しまくったことは、もはやいうまでもない。

新聞などどうせ将来消えていく運命だから(同じコンテンツを持つハードにとって変わられることは決定的だ)どうということないが、残念ながら落ちぶれてもそれでもテレビ。ここが役人にサイドの情報を垂れ流すだけ垂れ流しまくったことは決定的だった。強力な「現行案通りの県内移設」への援護射撃といえる。

読売を読み直してみるといい。どれだけ「米軍万歳」よりの役人情報を垂れ流しまくったか。小谷女史司会のテレ東の夜11時あたりのニュースをみるといい。米国証券のアメリカ人がでてきて、今回の決定を「矛盾を民主党は解消した」としてほめまくり、「おまけにあとひとつ矛盾がある。それは郵政民営化だ」と国民資産によだれを垂らす本性をみせる。それを放送して何の疑問も提示しない番組。たぶんそれが当然だと思っているからであろう。まさに洗脳状態だ。「沖縄に基地をおくだけじゃないか。その何が問題なの?」彼らの普天間に関する記事・放送のレベルはもはやその一行ですむ中身なのである。

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ついだからリベラルといわれる「東京新聞」にも今回の普天間問題で一言いっとこう。

鳩山包囲網について、ある記事(29日付け)を書いた政治部記者がいる。政治部記者の劣化の激しさについてはすでに以前述べた。しかしそれでもまたあえて言っておこうと思う。

見出しは「追い込まれ、対米優先」「閣僚辺野古包囲網」となっている。中身を読むと、「そこまで具体的に包囲網の情報をもっているなら、なぜそれを今書くのではなくもっと事前に(ここ大事!)批判的に報道しなかった!」といいたくなる。県外移転を阻止しようとやっきになっている連中の動きを、今頃記事にするのではなくもっと事前に詳細に読者に伝えることは重要なことだったはずだ。

同じ日の「こちら特報部」で「話をすりかえていけない」と鳩山擁護への批判をするが、話をすりかえているのは東京新聞のほうである。事前に「県内移設」で肯定的に動いている閣僚・官僚サイドの動きを国民に伝えないで、どう今まで紙面で「沖縄に基地が集中していけない」とほざいてきたのか。その矛盾こそ話のすりかえではないのか。政治部は何のために存在しているのか。

記事を書いた政治部記者は「僕はこんだけ情報得てるんです」とみせたかったのだろうが、逆に「役人サイドに都合の悪い情報はこれまで出してきませんでした」と自白してるようなもの。この記事をみても最近の政治部の記事はどうかしている(ちなみに、他の部の記者はまだまし。はっとさせられる記事も少なくない)。

最近の東京新聞は「政治部」だけでなく「社説」も、ここのところレベルがかなり落ちてきている。最近の司法に関する社説もそうで、背景にある問題への理解が不足している。また何より権力チェックの意気込みがない。

その意気込みのなさは、きばったつもりの「特捜検察は猛省せよ」の社説(29日)ですらそうだ。
「小沢幹事長の政治資金疑惑でも、捜査力の劣化が指摘された」との文章もがんばって書いたつもりだろうが、では検察の「裏金」という文字が検察が関係する社説(小沢問題を含め)で踊ったことはあったか。一面や社会面にでているか。

確かに社会面では問題の当初、「裏金」をにおわせた書き方をしていたことはあった。しかしそれも今は昔となっている。裏金でがんばっているのは、「こちら特報部」や「読者の声」だけだ。

社説で今回検察のありかたを批判するならなぜ「裏金」にふれないのか。「これは捜査力には関係ない」はそれこそ「関係ない」。裏金の問題を力でもみ消そうとしたこと、それは間違いなく今の操作力の劣化につながっている。それをスルーして捜査力劣化を含めた根本的な検察批判はありえない。イラク戦争やシビリアンコントロールについて厳しい目をむけたスタイルそれが同紙の真骨頂だった。あの意気込みはどこに消えてしまったのだろう。

ちなみに読売は裏金には「完全沈黙」です。まあそんなもんでしょうな。
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by phtk7161 | 2010-05-29 11:41
(1)のメンバーだけではない。アメリカ以上にもっと思い罪をもつ者がいいる。それはもうお分かりであろう。国民である。これが最も罪が重い。県外移設についてのアンケートで、「やむをえない(県内の移設で)」「分からない」がそれぞれ3割~4割近くあったという(残りが県外移設で)。つまり7割近くの国民が沖縄への基地集中の偏在性について許容しているわけである。

この結果をメディアが国民の意思のひとつとして伝える。アメリカが強気になるわけである。2割~3割の米国製奴隷馬鹿国民はしかたがないとして、せめて7割~8割の国民が「絶対県外移設を!」でなければ鳩山にどう戦えというのか。沖縄問題について、単なるアンケートでですら数で「県外反対の意思」を示さなかった国民がどうみても一番罪が重い。

これに関しては沖縄の人についてもそうだ。確かに沖縄では「基地と経済」を密接につなぐ形を自民の政治によってつくられてきた。「県外移設は困る。経済がどうなるか分からない」そういう不安もあるだろう。

しかしだからといって、どこかで強い意思を示さなければ、沖縄の意思すら軽く見られてしまう。たとえば名護市の市長選。争点になったその選挙すら圧勝ではなかった。沖縄でも7割~8割が「絶対県内移設反対」の意思を投票行動で示さなければ、意思としてはやはり弱い。そこをアメリカ万歳人間に「県内移設でいける」と突け込まれることになる。

そういった意味では、沖縄自身でももう一度そのための体制の立て直し・・・これは負担軽減のことでもそうであり、まともな形での軽減を実現するには沖縄自身の人の強い意志(割合的数で)を示すことは不可欠といえる・・・が必要だろう。

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鳩山が中途半端だった点、それは確かに罪だったかもしれない。しかし彼が沖縄の基地問題を強くクローズアップさせたことは確かだ。たとえそれが県民の気持ちをもてあそんだ結果となっても、その意義は大きい。なぜならもし彼がそうしていなかったら、普天間をめぐる沖縄への基地集中をこれまでどおり軽くスルー・・・意識すらしないまま・・・していたであろうことは間違いないからである。

客観的に見て、歴史的沿革や現実の苦痛からみて、沖縄の問題はこのままにしていい問題ではない。しかし私たちはそれぞれの自己都合でそれを見て見ぬ不利をし、あるいは阻害する行為(アンケート結果もそう)をした。それも罪であることは間違いない。

鳩山をプッシュもせず・・・ほとんどないに等しかった、もしかしたらアメリカに対しての武器は鳩山の思いだけだったのかもしれない・・・アメリカ相手に戦え(交渉しろ)というほうがどうかしている。

では今回も罪あるみなさん本音を言いましょう。「基地は沖縄に今までどおり置いとけばいいじゃん」。
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by phtk7161 | 2010-05-29 11:12
普天間問題での辺野古決着に対して、まってましたとばかりに鳩山攻撃がはじまった。

沖縄の基地移設問題で、鳩山首相にも(「も」が重要)罪があるのは当然。しかしこの問題で誰が他に罪があるもはいないのかといえば当然いる。そのリストは以下の通り。

まず、ほとんど植民地的条件を絶対的に譲らない・・・カネはだせ、基地は予定通りつくれ・・・わがままいい放題のアメリカ政府。約束がたかだか8ヶ月程度のびたくらいがなんだ。ロードマップ?そんなこたあお前とこの都合。こっちにも都合がある。アフガン・イラクにくらべればこれくらいの計画のずれにはいんねえ。「場所を県外に少し動かしてほしい。必要なカネはすべてグアムの移転も含め全てだすから」て言ってんだからこっちの意見もちった配慮しろ。お前らたかるばかりかよ。ボケ!アメリカ政府については以上。

次にそのアメリカに自分の地位(出世)を委ね、それにすがることしかできない(「捨てないで」)外務省・防衛省の役人たち。それとタッグを組んだ政治家たち。岡田・北沢防衛大臣・長島政務官・前原沖縄問題大臣にも罪がある。ことに長島はまったく無視し、実務的政治家の立場にいながらあえて何もしなかった不作為という点でもっとも罪が重い。

ついでだから、ここで特に安全保障大好きお宅政治家君へひとこと。特に台湾有事。北朝鮮有事。では聞きますが、中国が台湾を攻めることが現実的となるその根拠は何?。私は台湾が「核」を持たない限り・・・そのレベルでなければ台湾は中国と正面から戦えない・・・その可能性はかなり低いと思いますが。

また北朝鮮が日本を攻めてきたらといいますが、では中国・韓国がそれをそのまま見逃す根拠は何ですかねえ。私はそれをきっかけとして日本が軍備を強力に増強(実際に攻撃されたら、軍備増強を否定する理由がなくなる・・・それは台湾有事で日本が中国からとばっちりを受けた場合でもそう)することを、むしろ両国は決定的に嫌がると思いますが。

多分またお前は何何をしらないのかというんでしょうが(長島みたいに)。しかしいずれにしても(有事の際の移動の時間的問題を含め)、米軍の沖縄の一部の基地を県外に移設することを否定するほどの根拠にはならなんでしょう。どこかの党みたいなお花畑も困りますが、ゲームピュンピュンのシュミレーション妄想小僧はもっと困ります。結局「とにかくアメリカが怒るから、とにかくアメリカは怒らせていけないんだよ」という論理にもならない論理があんたらの理由なんですよ。以上。お宅はアメリカに「あっちいけといえるか」というが、私は沖縄県民に「だまって我慢しろといえるか」ということです。

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政治家では社民党もそう。こういう結末も連立を組んだときから当然予想できていたはずだ。「国外移設」が「県内移設」以上に鳩山にとって相当困難なことは分かっていたはずである。ならタイミングをみて「県内移設」で鳩山とそれを支持する形で一致団結すべきだった。そういう点ではある種の「お花畑度」は、鳩山以上に社民党のほうが強いと思う。民主党の岡田・北沢・長島なんぞよりましだけれども、そういう現実をみて強い連結をするタイミングが悪すぎることは確かである。そこにこの党の罪がある。

また沈黙し「鳩山にさじを投げた」小沢にも罪がある。あるときから、党を「県外移設」の方向にもっていこうとしなかったからだ。

小沢はもう以前のアメリカと戦える「小沢」ではなくなった。その理由はもうなんども書いてきたから皆さんご存知であろう。それが小沢の限界である。それでもまだ今アメリカが一番気にする政治家であることには違いないのが今の日本の政治家の現実だ。

あの問題さえなければ、権力の二重構造といわれようがなんといわれようが、存分に渡り合って現行計画をアメリカがかなりいやがる形で・・・それが県外であったかどうか(土地をもってるし)そこまでは分からない。ただ鳩山が県外移転に相当こだわっていた以上、沖縄に土地を持っていても県外移設の方向で決まる可能性は高い・・・変えることができたと思う。そういう意味では、かえすがえすもあのことは残念である。

では罪あるみなさん。さあ本音を言いましょう。「基地は沖縄に置いとけばいいんだよ」と。
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by phtk7161 | 2010-05-29 10:54
中年すぎて特殊な専門職人ほど転職は難しい。他の分野に柔軟に対応できる職能力をもっているとはいえないからだ。そういった意味で考えていくと、メディアの記者も同じようなもんである。「君は明日からいらないよ」といわれれば、彼らは直ちに路頭に迷うことになる。

ネットが発達し無料で情報を得ることが可能となった今の時代、新聞や週刊誌ひいてはテレビの世界でさえうかうかして入られない。業界のパイは確実に小さくなっている。

だから彼ら(たとえば新聞記者)もたいへんだ。彼らの中にも当然家庭をもち、妻もいるし子供もいる人もいよう。家庭を支えるために食い扶持は維持しなければならない。そんななかで「正義のためにペンを持つ」なんて、夢のまた夢。「長いもにはまかれろ」が普通であっても不思議ではない。

沖縄普天間問題しかり。小沢政治献金問題と検察の裏金問題しかり。まともに読むと「まあよくこれだけ自分をごまかして、いいかげんなことを書きまくれるな」と思うかもしれないけれど、そういう仕事あっての彼ら。社の方針にさからってまで、自己を通すことなんぞなかなかできないのが現実だろう。

たとえば渡辺大王ひきいる読売新聞。社の方針はとにかく「アメリカあっての日本」。それを妨げるやつは存分にたたけ。それが社命なら記者も一介のサラリーマン。逆らえるわけない。きついいかたをすれば、彼らは渡辺大王にこづかいもらって生活している身。そこにジャーナリズム魂なんてあるはずがないのだ。

そう考えていくと、結局かれらはただのコマである。命令する指揮官は背後にいて、それは渡辺大王だったり、アメリカの要人だったりまた時に検察幹部だったり企業人だったり。もちろん長年与党で政権の中枢にいた人物だったりもするだろう。

だとすれば、現場で記事を書く彼らの提供する情報・・・特に政治に関する・・・にいちいち私たちが反応するほうがおかしいかもしれない。彼らはただ上層部の意向を受けて記事をかくだけで、その情報は事実というより上層部の単なる「要求」にすぎない。したがって事実ではなくある「要求(要求)」がかなうためのストーリーをいかにもそれらしく書いているだけの話なのである。

それはテレビもおなじ。ある「要求」がかなうように、演出仕立ての番組を放送しているだけ。ただそれだけのことなのだ。それは事実でなく、後ろにいるものの「要望(願い)」なのである。

となると、要望は要望。ならいわせるだけいわせておけばいい。要望を聞くかどうかは私たちの自由である。要望ばかりのっている紙切(新聞・雑誌)に、だまってカネを払うのはどうなのか。もちろんそういう疑問はあろう。

しかしまあ、ある意味彼らもコマにすぎない身。書いている紙切れの中身は無視して、「あんたも生活大変だろう」だからカネは払ってあげる。そう考えてあげるのも人のやさしさ(友愛)だ。だって新聞記者やテレビの報道部の人間・・・やめた人間・・・を、別の職種の会社がそう雇ってくれるとは思えないもの。ある意味彼らはつぶしが利かない・・・ホンの一部を除いて・・・人たちなのだ。ほうりだされたらどうすることもできない。

だからさ、能書きを書きたいだけ書かせてあげればいい。それしか彼らには生活する道がない。政権交代で世の中の仕組みがかわったら、彼らは本当に生活に困ってしまう時代についていけない人たちなのだ。彼らにも生活がある。表面上取り繕ったジャーナリズムごっこで生活させたげればいい。私たちのほうで書いている「中身」は意味ないものと無視すればいいだけのことである。その程度のジャーナリズムなのである。

これまでの既得権にどっぷりひたり安定した生活を送ってきたのは、何も公務員だけではない。メディアも十分にそうだった。だから政権交代でどうしていいかわからない。前のほうがよかった・・・小泉のときはよかったな。互いに話はついていたし・・・と思う多くのメディアとその後ろにいるものたち。実はそれを私たちに認識させてしまったのが、今度の政権交代だったということである。
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by phtk7161 | 2010-05-23 03:45
「口蹄疫」問題は宮崎県に深刻な状況をもたらしている。関係者の方は本当に大変なことと思う。

ところで私は自分の政治評のスタイルとして、ある守るべき事柄(おおげさにいえば哲学)を決めている。それはどうすることが正解かわからない問題に対しては、「誰がいいとか悪いとか」単純な○×思考をもたないということである。私たちの社会の中には、そういったレベルで判断できない問題(またすべきない)が確実に存在している。

臓器移植問題、インフルエンザ問題、そして今度の「口蹄疫」問題は、きちんと同時進行で見ていけば簡単に「こうすべき」と断言できるようなレベルの問題ではない。

臓器移植の問題で言えば、脳死を「死」とする問題でも肯否どちらの側にも理由はある。

インフルエンザ問題にしても、どの程度の制約的対策をとるか、社会経済活動との兼ね合い・・・インフルの拡大を食い止めても社会経済の停止が必要以上に拡大すれば、これまた社会にとって致命的な打撃となる・・・でどの程度のものが妥当なのか。今現在ウィルスの強さの程度を同時進行的に判断するのがなかなか困難であるなかでは、「これが正解」といえる対策がないのが事実であろう。したがってワクチンの輸入量について(大量に余ったと)批判するのは・・・当時の状況からみれば・・・馬鹿げたことである。

今回の「口蹄疫」問題もそうで、今回のウィルスの感染力の強さは前回のものよりかなり強いことが明らかになっている。宮崎は「畜産業」だけでなく「観光業」も盛んである。今回の時期はゴールデンウィークをまたにして起きている。「少数時に判明してすぐ厳しい対策をとればこうならなかったのに」というのは簡単だが、実際問題ゴールンウィークを前に「口蹄疫」問題で厳しい対策をとったとして・・・当然メディアを通じて危険性を呼びかけることになる・・・その情報が広がれば、観光業は致命的打撃を受けざるを得ない。

少数時の状況で・・・前回と同じ程度の菌かもしれないと思われる中で・・・果たしてそのリスクを犯してまで、予防のために厳しい行動停止的措置を取れたかといえば、後から言えば簡単だが「そのとき」ではそう簡単に判断できるものでもない。

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今回のような問題では、今一番重要なことは「誰が悪い」とかという無知性の馬鹿げた「犯人探し」のような遊びをしないということである。そんなことより伝播性の強い菌とわかった現在では、たとえばメディアならとにかく被害をこれ以上拡大させないための必要な情報を伝えることに社会の動きを専念させるということである。政治も与野党問わず一致団結してこの問題に当たっていくということである。こんなときに「敵に塩をおくる」ようなことはしたくないと思っているようなレベルの低い政治家はやめてもらうしかない。

今回の「口蹄疫」問題ではっきりしていることは、こんなときに「あいつが悪いんだ」みたいなことを言うメディアは実はメディアではなく単なる害悪的「お騒がせや」にすぎないということである。政治家にしても「こうやってこれ以上の拡大を防ぐべき」というような建設的考えを持たない政治家は、政治家の意味がない。

今、東国原知事をたたく声があるが、それは間違いだ。いっておくと、私のこれまでのブログを呼んでもらえばわかるが、私はもともと東国原知事に対してはかなり厳しい見方をしている。しかし今回の「口蹄疫」問題に関しては、彼をたたくのは間違っていると私は思う。宮崎の産業の現状をふまえれば、どういう対策が「正解」だったかは、そう簡単に決められない。だから昨日彼がメディアにいらついたのも当然だと思う。今回のことで「これが正解だった」と批判的報道をするメディアは馬鹿である。無責任極まりない馬鹿報道である。

まともなメディアなら、今は問題収束のためにメディアとしてはたせる有益情報の伝達に力を注ぐことそれしかない。どうしても犯人探しがしたければ、この問題が収束してからやればいい。それが分かっていないメディアは何度も言うが、ただの「馬鹿」である。

また政治家(ことに野党)にとっても、政権批判のためにこの問題は利用したいだろう。しかしもともと宮崎は保守王国。たとえばおとなりの選挙区には宮崎2区には強力な自民党の農林族だった江藤隆美(農林相・建設相)氏がいた。

そういうことからすれば、その息子である江藤拓議員はもともと隆美氏の秘書だったから地元の情報は通常より得られる立場であるはずだ。もし政権打倒のために今回の問題で敵に塩を送りたくないからと、政府サイドに強力しないとすれば・・・もちろんそんな事実はないと思うしあっていいはずがない・・・それは政治家として失格だろう。

あるいは、こういう両立できない・・・畜産業(のための行動規制)と観光産業への影響・・・場合に備えて、前回の時に補償の法制化(畜産側だけでなく観光業についても)を決めておくことも当時の与党にもできたはずだ。そうすれば、今回のようなゴールデンウィーク前の規制ももっと弾力的なかたちをとりやすかったはずである。

だから今「だれだれが悪い」みたいな議論することは、不毛なのである。この手のことは、やりだしたらきりがなくなる。何度も言うが、今回のような社会全体にとって具体的な危機をもつ問題は、与党がどうの野党がどうのというレベルを超えて、政治全体で解決にあたらなければならない問題である。そんななかで、のんきに「犯人探し(○○悪いというような)」レベルの報道や議論をするメディアや政治家がいるとしたら、それがいかに低レベルなことか。そんな遊びは国粋ブログの連中にまかせておけばよい。

そういった意味では、メディアや政治家が今回の問題でどういう報道や議論をしているか・・・問題収束までそのために建設的報道や議論をしているか・・・それを通して、そのメディアや政治家が本物かどうか見極めることもできるといえるだろう。
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by phtk7161 | 2010-05-19 02:04
「カネ」に関して清廉性が求められるのは、何も政治の世界だけのことではない。公的に関すること、たとえば行政の裏金についてもそこには厳しい目(清廉性)が向けられることになる。

これまで行政組織については多くの裏金問題が発覚した。そのなかで刑事処分にまで発展したものも少なくない。警察組織でさえ極少数とはいえ裏金の存在を認めた。

しかしただひとつ、この裏金について例外的な扱いをうけている組織がある。それがすなわち検察という組織だ。

三井元公安部長が告発直前に逮捕され訴追された。検察の調査費については一年あたり最高で5億をこえる金額だったものが、8000万にまで減っている。実に4億の差額だ。すべてが正当に使われていて、どうして調査費にそこまで年ごとに差がでたのか。まったく理解できない。必要なことにだけでなく、むしろ元公安部長のいうように相当な金額が個人的な飲食費(あるいは遊興費)に使われていたというほうが、「善良な市民感覚」からみれば説得力をもつ。

この件については当時の森山法務大臣が「問題はなかった」と泳いだ目で記者会見をして、シャンシャンシャンとなった。普通に考えれば当時の小泉内閣と検察上層部の間でこの件を「不問」にするという取引(密約)がおこなわれたと解するのが自然であろう。もちろん当然政府に検察は借りを作ったことになる。したがってその後の特捜部の捜査が本当に純粋な意味で行われたのかどうか、政府=清和会にとって目障りな存在を放逐するのに一役かわなかったか・・・こうなると検察(特捜部)というよりCIAに近いが・・・疑問なしとしない。

もっとも検察の裏金自体のことより、私はの怒りはむしろそれを隠そうと権力(捜査権を使って)を使って内部告発者(三井氏だけではない)の口封じをした・・・そのやりかたは法形式的には問題ないようにみえても実質的にはどうみても職権乱用(これ自体犯罪だ)である・・検察の姿勢や問題を意図的に見逃した当時の政府(小泉内閣)にある。

裏金自体については、どの組織だって引き継がれた悪しき慣習のなかで間がさすこともある。検察だって人の子そうあって不思議はない。過ちは時に誰にでもあるものだ。しかしそれでもそのことで責任を足らざるを得なかった人間は(刑事処分を含め)他の行政組織にはいる。

「検察の信頼」確保の重要性が、裏金の責任を問われないままでいい根拠にならないことはいうまでもない。むしろ、裏金を隠しそのために権力を乱用したという印象をもたれたままの検察でいるほうが、検察への捜査の信頼性は今後ますます低下していくだけであろう。

小沢問題も含め検察が「政治とカネ」の問題を今後も厳しく追求していくつもりなら、自らの過ちについてもきちんと認めたうえで、過去の疑惑を清算すべきである。そうでないとどうしても、「政治とカネ」の問題について捜査をしても「検察よ。お前が言うか」ということにならざるをえない。

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以前にも述べたが私は裏金の問題がうやむやになったときそれでも「ま、検察も検察なりにいろいろ立場があるだろう」と納得するようにした。メディアについても「やっぱり検察が怖いんだな。そんなもんか」と思ったものだ。

その伏線もあり、だから形式犯(贈収賄ではない)にとどまる小沢問題について、検察が自らの過去を棚に上げ強引とも言える捜査をしたことには当然驚き怒ったし、過去のカネのことに触れないメディア・・・ただしごく一部であるがこれに触れたメディアもあった・・・にも同じく怒りを感じた。

もし小沢が「カネ」で厳しく追及されるなら、当然検察の「カネ」の問題を棚に上げたままでいることもおかしい。政治資金に関する小沢疑惑の金額は億をこえているといわれるが、検察の裏金の金額はその存在(不正使用)が本当だとするなら過去全部をトータルすればその何倍もあることになる。

国民がカネのことで「小沢は許せない」というのなら、それは検察についてもそうであって当然ある。そうでなければ、そういう世論は「善良な市民感覚」とはとてもいえないはずだ。「検察は怖いから」・・・メディアはそうであるが。あるいは「小沢を裁判に引きずり出したいからそのためには検察の力を弱めてはいけない。だからカネの問題には目をつぶろう」ということなら、どこが「善良な市民感覚だ」ということになる。

検察が社会的に重要な役目を担っており今後も市民のために不可欠な存在であることはいうまでもない。裏金の不正使用がたとえ一部の上層部の不正であり、多くの検察官はこの問題とは無関係・・・実際そうであろう・・・だとしても、この問題が「検察」という組織の不正であるということにかわりはない。

裏金の存在のみならず口封じ的な動きも含め、検察という組織がその清廉製について疑問をもたれたままでいることは、今後の検察捜査の信頼性にとっても大きなマイナスである。一度きちんと検察が過去の過ちを認めて信頼を取り戻す。それは今後の検察のためにも必要なことである。

明日(5月16日)テレビ朝日のザ・スクープでこの検察の「裏金」の問題が取り上げられる。できるならこれを機に、今後多くの人にこの問題を知ってほしいと思う。また今後この問題を取り上げるメディアがでるかどうかという点にも注目したい。おそらく日テレ・テレ東(読売・日経)は、今後もこの件には完全に沈黙だろうが他のメディアがどこまで意地を見せられるか期待したいところである。
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by phtk7161 | 2010-05-15 19:02
民主党政権になってまだ一年にもならない。しかしどうやら政権への批判は強まっている様子。本当に政権運営とは大変だと思う。

とはいえ新しい政権の運営が難しいことははある程度予想しえた。しかし計算外だったのは、あさっての方向から、おきてやぶりの「政治とカネ」の捜査がおこなわれたこと。メディアがみごとなまでにこれを後押ししおまけに国民までがこの祭り遊びに乗っかるとは。これは計算外だった。

過去の「政治とカネ」をまじめにあぶりだせば、与野党問わずきりがない。過去より将来を見据えて新政権発足後の「政治とカネ」を厳しく注視していけばよい。この当たりの見識を国民ももてるようになっていると思ったが、どうやらそうではなかったらしい。

結局「政治とカネ」の問題での対応に足をひぱられ、新政権の力は半減しその影響は多くの問題に波及していった。これに予想外の税収の落ち込みという状況が加わったなかでは、政策遂行の推進力は落ちざるをえない。まことにもって、ばかげた話である。

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民主党に期待していたが裏切られたという声が、時にメディアをにぎわす。やれやれである。まことにお気軽な人たちでいいなと思う。こういう人は「いつか王子様あらわれて、私の希望にあった立派な政治をやってくれる」とずっと思っているわけで、まあ政治における一種のシンデレラ症候群といっていいだろう。

この政権はこれがだめで許せない、だから新しい政権へ。なったらなったで、新しい政権はここがだめで許せない。こんな政権だとは思わなかった。私の政治への純粋な思いは裏切られた。さらに新しい形にならなければ。その繰り返しばかり。夢見る乙女のシンデレラ有権者(まあ政治家の中にもいるが)。「一生言っとけ」と思う。

人に頼るだけで、政権を育てる器量もない有権者たち。この国の有権者はなかなかこのレベルから抜け出せない。そりゃ「小泉詐欺マジック」にも簡単に引っかかるはずだ。自分たちがつきあった遊びの後始だけでも、どれほど大変なことか。彼らは分かっちゃいないのだ。

沖縄の問題でも、もっと綿密な計画をというが、綿密な計画をねったところでどうせ反対する役人に知られ狡猾な手段により破綻するの目に見えている。ならいっそのこと行き当たりばったりでも「とにかく沖縄県外への基地の移設を」といいまくり、沖縄の問題では「うっとおしい」政権だとアメリカに思われたほうが何ぼかましである。

「いかにも」を得意とする既得権者相手に「いかにも(綿密にねられた)」の計画ぐらいで、もはや難攻不落の沖縄の問題なんて変えられない。精神的に十分アメリカに従属しきった人間では、変えられるわけがないのだ。

「あいつ何考えてんだ、馬鹿じゃないか」と思われるくらいでなければ決して前進しない。そういった意味では「愚かな」首相ほど、この問題の適任者はいないといえる。

                ☆                    ☆                   ☆

政権交代後、さまざまな解決すべきしかしなかなか解決困難な問題が明らかになっている。そのなかには、政権交代がなければなかなか等身大に見ることもできなかったであろう問題も多い。

理想を妨げる現実の問題は何なのか。相対立する利害が交錯するとき、どういう利益調整のありかたが妥当なのか。ひとつひとつの問題を政治家だけでなく有権者も一緒に考えていかなければ、その有権者は結局単なる欲求不満の有権者にすぎない。

「こうなるのが妥当なのだ」「なのになぜそうしない」ではなく、「こうなるのが妥当なのなぜそうならないのだろう」「それにはどういう原因があるのだろう」「その原因を是正していくには、どうすればいいのだろう」というように、ひとつひとつ積み重ねて考えていかなければ・・・ただし先にものべたように沖縄の問題だけは例外である。この問題はもはやそれで解決できるレベルを超えている・・・いつまでたっても、<その程度の有権者>による政治のままである。

私は少なくとも発足後1年~1年半は新政権を見守るつもりでいたし、それは今も変わらない。1年~1年半がたちその時どういう政権の枠組みが望ましいか(現状維持か再編か)決めればいいと思っている。小沢も鳩山もさらば。当然そういう結論もありうるし、いやいやもうひと踏ん張り、そういう結論もあろう。

政治物語のシンデレラたちは次の王子様を求めて夢見ればいい。ふたを開けたらそれがまさにヒットラーだったということも十分あるだろうがまあそれもまた夢見る有権者の自己責任である。それもまた政治であることにはかわりはない。
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by phtk7161 | 2010-05-13 00:00
天間基地の県外全面移設は今回かなわなかった。また徳之島の一部負担もそう簡単にいきそうにはない。鳩山首相にとっては、厳しい現実である。

もっとも誰が首相だったとしても、どの政治家に限らずたとえ今このブログを読まれているあなたが首相だったとしても、どうやっても普天間現行案の県外移転の変更をあのアメリカに認めさせることは、なかなか簡単にはできない。時間もかかって当然である。

仮にだが、まともでないやりかたなら早期の移設も実現できないことはない。軍事大好き前原君あたりを首相に据え、集団的自衛権を認めて「今後は戦闘地域であっててもどこでもいきます」「イラク戦争のようなケースでも真正面から一緒に戦います」「そのかわり沖縄を・・・」といえば、まあ沖縄の基地移転で自衛隊が国防総省の実質的一支部になるのならお安いもの。自国の兵のかわりに自衛隊の隊員も使えるしアメリカも存外簡単に県外移設案を飲むかもしれない。

しかしそうなれば、自衛隊員の貴重な生命はアメリカの都合(日本はいわれるがままになるしかない)で奪われるは、日本国内も今度はまともにテロの標的になるはでろくでもないことばかり。これではまさに百害あって一利なし。このやりかたでは、日本は安全どころか危険がいっぱいになってしまう。

だから今回のように、真正面的なやり方が実は一番いい。また沖縄の人もそういうやり方を望むだろう。その場合、一番大事なことは首相と国民がそれを本当にのぞんでいるかどうか。そこにある。

対外的には民主主義を標榜するアメリカである。「その国の国民の声」に一番弱い。世論を力でねじ伏せる構図は、建前のうえからもアメリカは一番嫌う。だから「日本国民は最低でも県外移転(できれば国外)を望んでる」その声に後押しされたやり方が一番いいのである。そういうわけで、鳩山首相はいろいろ批判されているが県外移設の思いを見せただけ並みの政治家よりはずっとましだった。

国民主権とはいいながら、私も含めて国民とは馬鹿なもので政治を語るとき物事を・・・法的問題は別として・・・必要以上にたいそうに考える節がある。一億総評論家という言葉があったがまさにあれである。普天間基地移転の問題にしてもそうで、日本の安全保障や日米同盟(関係)がどうたらこうたら屁にもならない理屈を述べて愚だ愚だ言いたがる。そんなにたいそうなことか?

かくいう、私も以前このブログで書いた「民主党苦戦の原因」というテーマの中で、そのひとつにこの問題を年を越えてさらに先伸ばした点にもあると記した。あるいは本気でアメリカと対峙する気がなければ、素直に沖縄県民に謝るしかないとも記した。

しかしその後県外移設を望む鳩山首相の言動を見ていると、よく考えてみればまともな日本人ならだれでも・・・ただし国粋軍事お宅は除く・・・思っていることを彼は素直に口にしているだけである。沖縄のような難しい問題は、いろいろな理屈よりまずとにかくきっかけとなる「意思表示」をすることが大事なのではないか。それがとにかく一歩を踏み出すことになる。

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普天間基地はどう考えても(安全面から考えても)移設の必要があるそれは誰しも認めるところ。しかし自民がだした移設案もそもそもは米軍の都合の再編計画がそのきっかけ。決して普天間基地の危険の回避が、アメリカの移設案の主たる動機ではない。アメリカはアメリカの都合でしか動かない。日本にも日本の都合ある。だからその両者の利益考量で。それでいいではないか。

沖縄には本土以上にきつい過去(戦争の歴史)がある。戦後も日本の安全保障面の負担をかなりの部分で一手に引き受け、苦痛を味わってきた。知ったかぶりやさんは、「結局誰かがぎせいにならなきゃならないんだから」なんて時にほざくが、何にもわかっちゃいない。沖縄に対してその犠牲に見合う配慮を私たちはしてきたか。

私が沖縄の県民なら、基地全面移転が当然。しかしそれが無理でどうしても改善されないままなら、これからは消費税を1パーセント増税(実質基地負担税)して、それを沖縄の住民(いや、沖縄以外でもでも基地がある住民なら)のため(ただし個別に直接はいる方法で)に使ってもらうことを求める。基地の負担がありながら、沖縄の経済力は今もかなり低い。なんだこの現状。たいした見返りもなしにこれまで一方的に負担を押し付けてきた結果がそこにある。アレだけの危険を負わされながら、この経済水準。本当なら苦痛の見返りに経済力で上位(都道府県で)にはなってあたりまえのはずだ。

今回は県内移設となるが、その場合それは暫定的形をとるべきだ。これが本格的ものになると、また長い長い苦痛が続く。最低でも県外移転は沖縄への「けじめ」といってもいい。安全保障面でどうたらこたらとアメリカが拒否の姿勢をしめしても、そんなもん本当は簡単にけりがつく。それはシンプルなこと。先にものべたように、ようは「県外移設(乃至は国外移設)が日本の国民の大半の総意」だとアメリカに示せばいいだけのことだ。

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「あなたはこのまま沖縄に基地が集中しても仕方ないと思いますか。」あながたに、そうたずねたい。「イエス」なら「イエス」でいい。でもそれなら、先にあげた消費税1パーセントには賛成すべきだ。もし「ノー」なら少なくとも県外移設を阻害するメディアには非難の声を上げてほしい。沖縄の基地県外移設の実現は鳩山一人でできることではない。国民の声それを後押しするメディアの姿勢なくして県外移設はできる問題ではないのだ。

「首相として無責任な発言だ」。「沖縄の住民の気持ちをもてあそんだ」。「徳之島の人に失礼だ」あげくに「鳩山やめろ」なるほどいかにも評論家らしいごせんたく。ばかばかしくて、涙がでそう。沖縄の県外基地移設の実現を拒むものは何か。それはまさにそういごいせんたくである。そういう姿勢が、ますますアメリカの後押しをしてしまう。「なんだ、日本国民はどうしてもと県外移設を望んでないじゃないか」そう思わせてしまのだ。

鳩山首相は県外移設望んだ。しかし5月で現実化はできなかった。なら今回は暫定措置として、その後さらなる移設案検討を。それが国民の声だ。鳩山今後もこれまでの考えどおり、「できれば国外、最低でも県外」の姿勢でこの問題をめげずに進めてほしい。沖縄のことを本当に思うのなら、それが当たり前のことである。今そのスタートラインにたったばかりだ。これからが大事である。

メディアはこれまで長い間沖縄ルポなどの形で沖縄の基地集中を批判しながら、今回存分に鳩山叩きに終始した(ただし一部例外はある)。沖縄の県外移設の実現を困難にする役目を見事に果たしたといえる。ことに新聞はそうで大手のどの新聞をみても潜在的には「沖縄に基地はおいとけばいい」(新聞の本音)のオンパレード。なぜ新聞は首相の県外移設の思いをあと押ししなかったのか。「できてもらったらこまる」あるいは「どうせできるわけがない」そういう点では彼らこそ、アメリカ以上に沖縄の県外移設の実現を拒む張本人といえると思う。

ところで、先日あるブログに目を通したら「こうなった以上、沖縄県民は鳩山打倒に立ち上がらなければうそだ。それすらしないのであれば、もう支援しない。勝手にやってろということだ。」と記してあった。そうだろうか?。むしろ私は「どういう非難があろうが、間違いなく鳩山の思いは君たちと同じ側にある。結局鳩山は口だけだったと、君たち(沖縄県民)が鳩山打倒に立ち上がるなら、味方に石を投げるのと同じ。石を投げるのなら2枚舌のメディア(ことに大手新聞)に対してだろう。それでもどうしても鳩山にそうしたいのなら、あとは勝手にやってろということだ。」と記すことにしたい。
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by phtk7161 | 2010-05-06 05:39