社会問題を考える


by phtk7161
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<   2010年 11月 ( 4 )   > この月の画像一覧

延坪島でおきた北朝鮮の砲撃は、近年にない緊張感を朝鮮半島にもたらしたことは間違いない。なぜ北朝鮮が今回の暴挙にでたのか。砲撃の直前に行われた領海をめぐる争いがある領域で行われた米韓の演習。これに対する報復攻撃を北朝鮮は主張しているが、仮にそうだとしても、その報復内容はあまりにも愚かすぎて話にならない。

砲撃は北朝鮮に何をもたらすか。日・韓からの援助はまず絶望的になる。人道支援の名目でもまず行われないだろう。米国との対話はどうなるか。これも早々には実現しないだろうと思う。

確かにアメリカとの直接対話を、今の北朝鮮が状況の一番の打開策として望んでいることは間違いない。これが実現しないことに北朝鮮が相当な不満を持っていたことは確かであろう。しかし核問題で過去信頼を裏切った北朝鮮に対して、核の放棄を前提しない限り米国が直接の当事者になることはまずありえない。北朝鮮は東アジアにおける最大の問題児国。この国をめぐる問題の第一の責任者には、それに値する見返りが得られない限り、誰もなりたくないのは当然である。

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今のところ北をめぐる問題の第一の責任者は中国になっているわけだが、実際中国も今回ばかりは困り果てていることと思う。隣国に民主国家を置きたくない事情。あるいは崩壊した場合の難民をめぐる問題から、中国が北朝鮮の保護者になっている最大の理由である。

しかし一方で、経済大国になるにつれ、自国への国際的評価も気にせざるをえない。そうでないと、ある分野では後進国のままで、次の段階には進めないことは中国もわかっている。だから、ほえるだけなら大きくほえてもかまわないが、物理的行使は大きなトラブルにならないない程度に、それが北に対する中国の本音だろう。

この立場にある中国に対して、今回の砲撃は中国の顔に泥をぬった。当然中国の北に対する心象もおだやかではないだろう。中国の北に対する信頼は間違いなく低下したといえる(もっとも、これは中国の自業自得ともいえるのだが)。

いずれにしても、こう考えていくと砲撃で対外的に見て北に得られるものはない。それでも砲撃をしたわけだ。

北の政治における幼児性にさらに拍車がかかりだしたのか。あるいは砲撃してまで緊張感をつくりださないと、国内の統治ができない状態まできているのか。

もしこれが存外狡猾的策といえるとしたら、それは日韓からの援助をあきらめた北が、中国の足元をみて(中国の北崩壊に伴う弱みを見抜いた上で)その保護者性を強めさせ、中国からの援助をより莫大なものにするためだったケースくらいであろう。それでもリスクが高すぎる行為である。      
            
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結局砲撃は、感情(非政策的)的行為なのか、論理(政策)的行為なのか。前者なら前者なりの、後者なら後者なりの対応があるが、こればかりは、北でこの決断に直接かかわったものたちにしかわからない。中国ですらわからないと思う。そこにこの問題の対応の難しさがある。

北の本心がわからないなか、砲撃をうけた韓国国民。この現実のまえでは、当然ながら国民は覚悟を求められる。なまなましい現実・・・攻撃による惨禍・・・を受け入れる覚悟である。言動ひとつひとつにそれなりの覚悟が必要となる。

ひるがえって、日本の世論。尖閣問題で政府の対応を非難する日本の世論であるが、世論に上記のような覚悟はできているのだろうか。

攻撃的政府を望むのなら、極端な場合砲撃さらにはミサイルの現実。そのためにおこりうる被害。家が破壊され物価があがり税も上がり年金も減る。勝とうが負けようがいずれにしても交戦になれば相当な被害はさけられない。あるいはそこまでいかなくとも、本気で中国とやりあのなら、少なくとも貿易低下による経済的面での相当な生活低下は確実なものとして覚悟しなければならない。

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今回の尖閣問題で、政府は国民は本気でマイナスを容認するほど覚悟決めていないと判断し、平和的に問題の軟着陸化をはかっただけである。そのためにリスクを高くしない対応をしただけである。

それがいやだと、世論は言う。ビデオを流出を国家の益であり、それが優先だというのだ。それならそれでいい。ただ仮に政府がもしそれ(世論)にしたがって・・・たとえば船長釈放時政府によって積極的にビデオを一般公開すること・・・大きなマイナスが発生したなら、それはもはや国民自身の責任である。政府の責任ではない。

感情的に「中国に正義を叫べ。だけど生活にマイナスを与えるな」どこの馬鹿がいうことか。今の現実なら「中国に正義をさけべ。生活に大きなマイナスがでてもかまわない」それが正解であろう。そしてそれが外交における政治の等身大の現実である。尖閣問題で政府の対応を批判するメディアと野党の政治家そして世論は、そのことから目をそむけている。覚悟もないまま、ただマッチポンプのようにことをあおっているだけなのである。
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by phtk7161 | 2010-11-29 03:35
漁船衝突ビデオ流出のメディア・世論の捉え方をみていると、また悪い癖が始まったなと思う。

「国民には知る権利がある」。馬鹿の一つ覚えみたいに、これだけをよりどころに、流出が正当だと擁護するその姿勢は、まさに「衆愚」の典型である。

その人が「衆愚」の「愚」かどうか。その分かれ目は、そう難しくはない。

物事を考えるとき、できるだけその背後にある事情を的確捉え、対立する利害がある場合には、その双方の根拠をよく斟酌して、総合的にバランスよく考えていく。それができているのであれば、どんな立場のひとであれそのひとは「愚」ではない。逆にそれができていない人は、どんな専門家であろうと「愚」といえる。

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「なぜ船長を釈放したときにビデオを公開しなかった」という声がある。しかし時系列で考えてみればわかるが、その当時、中国では邦人拘束がおきていた。またレアアースの動きもあった(これ自体の動きは以前からあったのだが、このときはそれに拍車かける流れとなりそうだった)。

この状況でビデオを公開したならどうなるか。「ビデオを公開していれば中国は対抗措置をとらなかったはず」という、意見をのべた政治家もいたようだが、これは相当におめでたい。悪い意味で「プライド」の高い中国である。前回も書いたように、拘束を含め対抗措置はよりいっそうきびしくなったはずで。日中関係は硬直化し泥沼化した危険性は高かったといえよう。

主権国として、事件そのものを否定することは、絶対やるべきでないのは当然のこと。だからもちろん、領海侵犯と公務執行妨害の事実については、政府は中国に対して譲らなかったし、国民にもその事実をしらせた。ただそれと、その後の外交の処理の現実はまた別問題。

簡単にこいつは「悪い船長」。だから刑事訴追して罰する。ビデオもバンバン日本のみならず、世界にむけて流しまくり、中国を非難しまくる。結果主権国の威厳は守られた。万歳、万歳ですめばいいが、外交はそんな簡単に「善悪」が通る世界ではない。相手がたちがわるければ、その利益にみあわないマイナスの害も生じるのが外交の現実である。

ビデオ公開で得られる国民の「知る(見る)」利益とそのために起きかねない対中での現地邦人の安全と経済的リスク。この両者を比較すれば。どちらをとりうるべきかは一目瞭然である。

ビデオの公開は自体の推移を見守りながら、政府の裁量に任せる。菅政権は、一般公開により得られる利益は対中外交でおきかねないリスクと比較して見合わない。そう判断した。まさに当たり前のことである。

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その当たり前のことがなぜ理解できないか。

それは物事を具体的に考える思考が欠落しているからである。
裁判員制度は私が思ったよりは、妥当な形でなされている。たとえば俳優の保護者責任遺棄致死事件では、結局致死責任は認められなかった。この裁判をめぐって、私が印象に残った一人の補助裁判員の話がある。

彼はいった。「飲み屋で一般の人の話を聞いていると、事件についてよくわかってない。ずいぶん好き勝手にいっているように思えた」という話だ。ちなみに補助裁判員でも、事件の資料には目を通している。

双方の主張をよく勘案し、どんな判決が妥当なのか。そうして考えた末の判決が裁判員の「致死までは認めらない」という結論だった。

もし裁判員が、資料にも目を通さず、詳細を把握しないまま、ただただ水戸黄門的「善悪」だけの感情で結論をくだせばどうなるか。結果はいうまでもないが、これとまさに同じことをやっているのが、今の流出肯定者である。

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ビデオの一般公開でもたらされる利益と失う利益。対中外交のことだけにとどまらない。一般論としても、一種のシビリアンコントロールに類似した問題。物理的権力組織の命令違反・情報漏えい的行為がどういう弊害をもたらすのか。あるいは自己の公的職務を忠実に遂行しない、その公的職軽視の姿勢。そこまで含めて考えなければならないのが、今度の問題である。

そういった意味では、見事なまでの衆愚の「愚」に堕した行為をおこなった人物、それが今度の流出者の本質といえよう。そしてそれと同じなのが、ビデオ流出を肯定する世論とメディアなのである。
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by phtk7161 | 2010-11-11 23:56
前回と同じく、今回も尖閣のビデオ映像流出について書く。

ビデオ流出についてこれを肯定的にとらえている意見には、正直首をかしげたくなる。

たとえば「国民の知る権利に資するものであり、映像流出は評価されるべきだ」という意見。しかしこれなど、一面からしか物事をみていないように思う。

中国漁船の海保の巡視艇への衝突はすでに明らかにされた事実である。細部の事細かな点はともかく、衝突行為が公務執行妨害に当たるという行為だったということは明らかにされているわけで、政府は「事件」そのものを隠していたわけではない。すなわち事件そのもののについて、国民の「知る権利」はなんら阻害されてはいないのである。

なるほど海保のとった映像は、確かに今回の事件をより詳細にみせてくれるものだ。

しかし一方で映像は、いまだ一種の外交カードの要素をもっている。

カードをどこでどう使うか(あるいは使わないか)は「政府」の裁量事項である。対中関係において、交渉の過程をにらみながら一般公開しないことも見方によっては中国への一種の「貸し」ともなりうる。たとえば中国が何かわが国に要求したとしよう(例として、ノーベル賞への欠席要求)。この要求もビデオを一般公開しないことを駆け引きにつかうことで、要求を拒みやすくなる。もちろん経済面を重視した、関係改善の武器になることはいうまでもない。

さらに映像は将来において、いまだ公務執行妨害を立証する証拠(船長は処分保留のままである)といえる面ももつ。

事件があってすぐ映像を流せば、確かに映像を流さなかった場合に比して中国の世界的な評価は低下しただろうと思う。

しかしその分中国の「恥をかかされた」という被害者意識(もちろん被害者ではないことはいうまでもないが)は高まり、先のスパイ容疑による日本人拘束もよりきつくなった可能性は高い。またその他の対抗手段ももっとえげつないもになり、軟化までの期間も長くなっただろうと思う。

これらに比べ、国民にとっては映像をみることは、事件をより確実に認識するための「好奇心」的面が強いものであることは否定できない。事件そのものの事実はすでに明らかになっている以上、公開についての政府の「公開の有無の裁量」は、先の理由からも今の時点(映像が流出した時点)では、国民のより確実に事件を「知る権利(見る権利)」に優っていたというべきである。

それも考えず、映像を流出させたどこかの馬鹿は、このカードをおじゃんにしてしまった。外交(経済の面も含め)現実も考えず、政府に打撃を与え国益を害した今回の流出行為、それは前回の繰り返しになるがテロ行為といっていい。政治が劣化するのは、何も政治遂行者だけにあるのではない。まさにこういう愚か者の行為にある。
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by phtk7161 | 2010-11-10 02:19
尖閣諸島沖で起きた漁船衝突事件のビデオ流失映像。この映像流出が、APECを直前にした菅政権への痛手になることは避けられないだろう。対中関係もいくらか改善の兆しをみせてきつつあったが、今回のことで対中関係改善にもマイナスになることは避けられない。

事件を受けてメディアにコメントをよせる識者といわれる人の中には、動機は純粋だと流出者を評価する向きもあるが、私はそうは思わない。むしろ今回流出行為は「テロ」と同質の行為だと思う。

流出者の行為を評価する者の根拠は、衝突行為は違法であり日本は「正しいことをした(公務執行妨害での逮捕)」のだから、毅然としていればいい。今回の行為は、そのことを映像でしめすことによりそれを国民に確実に認識させ、さらには世界にも中国の不当さをアピールできる。日本が正しかったことをアピールできるのだ。それでいいではないか。おそらくそんなところだろう。

しかし彼らはあまりに稚拙すぎる。外交でそんな単純に「善悪」が通るのなら、何も苦労はしない。国家間の問題やっかいなのは、その結果に経済面がついてまわることだ。今の日本で中国との経済関係無視して、外交を考えていくことはそれこそ国粋かぶれの「ど素人」がいうことである。

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実際今回の出来事は、おそらく両国間のビジネスにとってもマイナスになる危険が大きい。政権を担当する政府としてそのことを常に意識していくことは当たり前のことだ。弱腰外交だと声高に叫ぶものは、結局経済面のマイナスについては何も考えていない。

仮に政府が、今回の問題で中国側の姿勢を非難するだけに終始したとしよう。その結果両国間の関係がこじれにこじれその影響が経済にも及んだら、まず日本国内の経済は相当に大きな打撃をうける。今の日本では、経済的に中国と利害関係をもつ企業は少なくない。倒産するところもでるだろう。そのことはきちんと認識しなければならない。戦時中じゃあるまいしそれも考えず「欲しがりません。勝つまでは」の精神は、国粋かぶれのたわごとに過ぎない。

「経済的互恵関係にあるから、そんな心配はない。ともにお互いが必要であり、経済面にそれほど影響はないのだ。」流出肯定者は、そうおもっているのかもしれない。

しかし、政権を担当するものがそんな大きなばくちをやるわけにはいかない。なるべく、経済的リスクが低くなるよう落としどころをみつけ、相手をたたくことばかりしないことは「外交」としては当然であろう。菅政権の外交に問題がなかったとはいわないが、しかし事件以降それなりに落としどころをみつけようとした姿勢は一定の評価を与えていいと思う。

菅政権の外交に問題があったとすれば、なんといっても外相を前原にしたことにつきる。あれほど露骨に嫌中(感情面も含め)を表に出し、一方米にはすがり付いてばかりの人物はどうみても外相には向かない。それをわかっていながら、彼を外相につけたことは明らかに菅政権のミスである。外交はバランスである。

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いずれにしても、今回の流出行為は間違いなく「国益」に害を与えた。利益バランスで考えたなら、マイナス面(特に中国との経済面で)の方があきらかに大きい。将来はともかく、現時点ではわが国の経済は中国を抜きに考えることはできない。

ビデオの流出が「知る権利」に資したとして、果たして日本国民が自分の経済面にマイナスをきたしてまでも、それを望んでいるか(中国に反感をもたせてまでもビデオの公開を望むか)といえばそうは思えない。そこまで国民は腹をくくっているわけではない。せいぜい好奇心的自己満足のレベルであろう。

今回の流出に喝采をおくる者は、今後対中における経済面のマイナスが景気に影響をあたえ、自らの生活が低下しても政府を非難はできない。外交の現実とはそういうものだ。何でも思うがままにいくわけがないのである。

そうした現実がある限り、単純善悪思考での今回の安っぽい正義感的流出は、違法行為(法的にもそうである)であるとともに、国民に大きな経済的リスクを与える愚かな行為である。現政権に打撃を与えるためにはどんな手段もいとわない(違法でもかまわないとする)その姿勢、それはまさに「テロ」と同質の行為といえるだろう。
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by phtk7161 | 2010-11-05 19:39