社会問題を考える


by phtk7161
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日本に限らず、今世界の多くの国が混沌とした中にある。金融危機。株安。原発。中東での民主化などなど・・・。あげていけばきりがない。

金融危機や株安については、いまだにマネーゲームの世界が跋扈しているから当然といえば当然で、格付け機関なるおかしな会社がさも高尚な仕事をやっているように演出される世の中では、こうしたばかげた状況はまだまだ続くだろう。

民主化にネットが大きな役割を果たしていることは、疑いようもない。しかしネットが「善か」といえば、相当に疑問もある。

よくネットで賛成反対を問うこともあるが、あれはあくまでネットの世界での話。ネットに一日中張り付く人間とそうでない人間とで、温度差があるのは当然であるから、あれは世論とは程遠い(もちろんメディアの世論調査にも大いに疑問はあるけれど)。

ネットを個人的に使える時間は、健全な人なら限られている。2ch的な人間は、ある意味同好の士同士のバーチャル世界の住人にすぎない。

ネットとどう付き合っていくかは、大げさ意味ではなく本当に人類にとって大きな課題である。ネット以前の世界と比べれば、一人の人間でも大きな影響力をもちうるようになった。しかしそれも実はある意味では、バーチャル的な力にすぎないともいいえるだろう。なぜなら、ネットでは表紙はみえても中身はみえないからである。しかしそれを、時に人は「現実的なもの」と勘違いする。

その行き着く先はどこか。まだネット○○で止まっているうちはよいが、ノルウェー乱射犯人のように、ネットに執着して自らを「過大評価」(実際はカス)するようになった結果があれでは、ネットは害悪以外の何者でもない。上野のパンダの時に園に電話攻勢をかけたあの連中も、程度の差こそあれ本質的にはノルウェーのカスとなんら変わらない要素をもっているのである。

ネットの機能性は確かに高い。しかしそれゆえに危険な要素を大いに含んでいる。とするなら、時にネットから離れる(ある程度の距離を保つ)ことも・・・政治の世界はことに重要で、復興に関係ないことでツィッターなんぞにうつつをぬかす暇は今ないはずだ(これを頻繁にやる政治家がいるのが情けない)・・・重要なことといえるだろう。
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by phtk7161 | 2011-08-05 19:50
私は根がひねくれているせいなのか、メジャーなものにはあまり興味がない。プロ野球だって、同世代では圧倒的に巨人ファンが多いが、私は大洋(現横浜ベイスターズ)のファンだった(いまでもそう)。

横浜が何十年ぶりに優勝した時期(その前後4~5年余り)には、よく球場に足をはこんだ。しかしご存知のとおりいまの横浜は弱い。当面優勝には縁がなさそうだ。

競馬場にもよく足を運んだ時期がある。トロットスターという馬がいたのだが、この馬のデビュー戦をたまたまみて(2着だった)その走りにほれ込み、応援するようになった。たまたま見たという以外には何の縁もゆかりもない馬である。

トロットスターは実力の割には人気はなかった。血統が地味だったせいもある。4歳時は掲示板には確実に乗るがなかなか勝ちきれず、応援しているほうもジリジリしたものだ。その馬が初重賞をとってから見事開花した。重賞連勝のあと高松宮でG1を制覇。安田記念は惨敗したが秋のスプリンターでまたG1を勝った。そしてその年の最優秀スプリンターに選ばれた。

この馬の引退後は、めっきり競馬場に行って馬を応援することは少なくなった。トロットにいくらかゆかりのある馬を応援する程度である(年に数回)。

JRAのかわりに、月イチ程度いくようになったのが大井競馬場である。大井競馬場には恒例になっているイベントがある。「相馬野馬追」と「ばんば」である。

競馬はギャンブルであることは確かだが、時には馬にまつわる「伝統」にも気づかせてくれる。

大井でみていなかったら、今度の大震災で大きな被害を受けた「相馬市」とそこの伝統である「相馬野馬追」のことはニュースでみても聞き流す程度だったと思う。今は、甲冑に彩られたあの颯爽した走りの完全なる復活を願うのみである。そしてまた「相馬野馬追」が大井で行われるときは、競馬ファンのみならず、多くの人にその迫力ある姿を見てもらいたいと思う。

「ばんば」のほうは、大井で今年もイベントが行われる(8月14日)。「ばんば」にもようやく3連単が8月5日から導入され、配当的な妙味もようやく味わえるようになる。どこの競馬場も売り上げは厳しいらしいが、「ばんば」の売り上げがこれをきっかけに向上し「ばんば」のファンが増えて「伝統」の継続が確固たるものになってほしい。

実際、知れば知るほど「ばんば」ほど面白いレースはない。坂を越えてからゴールにたどり着くまでのスタミナを考え、ふたつめの坂をどうクリアしていくか。馬場の水分量と馬の脚質との関係。馬のそりを引く姿は「よいしょよいしょ」という形容がぴったりだ。

普通の競馬では、馬が差す瞬間が早すぎて過ぎて見逃すことがある。自分の視界に入ってくるまでその馬の姿に気づかないからだ。しかし「ばんば」は確実にその姿を捉えることができる。かなり距離があっても、まだまだ十分差すシーンがみられる(期待できる)楽しみもある(あのブロードアピール並みに差してくる)。

本格的に「ばんば」に興味をもってまだ一年もたたない素人の私だが、今は「フクイズミ」という牝馬のファンである。

あし毛のこの馬、なぜかレース中もいつも舌を「ぺろぺろ」。坂の前で、「登るにはまだまだね」という感じで、周囲をきょろきょろ。でも坂さえ越えれば時に「すんげえ脚」を使う。他馬のそりを引く音が「ずるずる」ならフクイズミは「すいすい」なのだ。だけど惨敗するときは大惨敗。坂がと~っても苦手なのである。なんと愛すべきキャラクター!

私はこのフクイズミの「すんげえ脚」のレースをみていっぺんにファンになった。

「ばんば」には面白いところが他にもまだまだいっぱいある。競馬ファンのみなさんに限らず、今は一般の多くの人が何とかこの面白さに気づいてくれないかと思っている私なのだ。

競馬と馬。その馬と「伝統」。その「伝統」を継承する「相馬野馬追」と「ばんば」。この両者の伝統が今後も続くことを願ってやまない。
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by phtk7161 | 2011-08-01 10:50