社会問題を考える


by phtk7161
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ロス疑惑の三浦社長が自殺した。今回のアメリカ捜査側の共謀罪の逮捕についての見解は以前コチラの記事に(2月25日のブログに)記したとおり。20数年もたっていて本当に公判を維持できるのか・・・それだけの証拠を用意しているのか・・・注目していたが、その段階入る前に最悪の結果となってしまった。excite社会ニュースコチラ

今回日本の法律では常識外のことができた背景には、時効制度の違いだけでなく「共謀罪」の存在が大きい。共謀罪は実行の着手を必要とせず、共謀の事実だけあればよい。

この場合、たとえば共犯者が共謀したと証言しだけで・・・しかも司法取引に応じた場合であればその証言者は起訴を免除されることもできる・・・被疑者を逮捕しその証言に裁判官が合理的な疑いをだかなければその被告人は有罪となってしまう。今回捜査側が用意していた証拠が司法取引によって得た人的証拠かどうかそれはわからない。しかしそうである可能性は強かったと私は思っている。

今回の出来事からいえることは、アメリカ式の捜査が法律上通るのなら、人の生活は容易に脅かされるということである。「いつまでも、時効にかからない。」「共謀罪の存在。」「司法取引あり」この3点セットがあれば・・・なおここでは一事不再理にあたるかどうかの点についてはのべない・・・簡単に「有罪いっちょあがり」となってしまうのだ。また仮に有罪にならなかったとしても、その判決前の段階で、三浦容疑者のように年配になってからの長期間の勾留という苦痛を味わされることになる。

以前も書いたがこれを読んで「これのどこがおかしいの」と思われるかもしれない。でもよく考えてもらいたい。別の国の裁判所が、ある事件から20年も30年もたった後、しかも本国の裁判で一度結論が出て刑に服した事件を、またお前とこの事件について共謀したことを認めたやつがいるといってさらに輪切りにして再度裁こうとする。あなたが同じ立場なら平気だろうか。確かに三浦容疑者の場合は立件されている。しかしある犯罪事件があり20年30年だれも立件されていない場合は、絶対大丈夫といいきれるか。

殺人罪ならまず多くの場合何らかの物的証拠がなければ捜査側は簡単に立件はしない。しかし共謀罪なら共犯とされる人間の供述(証言で)だけで物証がなくても立件されかねない。20年30年たって自分は刑事手続きを免れることになっている人間の「あなたと共謀した」という供述(証言)がでて、それが周囲の状況の雰囲気(たとえばメディアの取り上げ方)次第では正しいという前提でことが運ばれる。

20年30年まえの共謀されたとする時間のアリバイなど証明できる人間などほとんどいない。さあ、絶対やっていない(無実の)あなたは大丈夫だろうか。今回の出来事は三浦容疑者が本当に犯人だったかどうかそのこととは別に、普遍的な人権上の問題として、考えていかなければならないことなのである。

日本には時効の制度があり、共謀罪もないし、司法取引もない。もしこれをアメリカのようにすれば、なるほど事件の犯人はつかまえやすくなるだろう。暴力団の親分もつかまえられるかもしれない・・・もっとも実際は子分はそう簡単に口をわらない。なぜなら口を割れば命を失う危険が高いからだ。そうであるならやっていなくてもあるいは事実と違っていても服役したほうがましとなるからである・・・しかしその反面、今の何倍も多くの無実の人間を有罪にすることになってしまう。

「それでもいいじゃないか。悪い奴をつかまえることができるのだから。」という人は、まず自分がそういうめにあわないと思っている人である。そういうことの苦痛が想像できない人である。権力の怖さをしらない人である。権力は絶対間違ったことなどしないとおもっている人である。自分が被害にあわなければ(無実の罪で有罪になるようなことがなければ)関係ないと思っている人である。

信じたくもないが、今回の三浦容疑者の逮捕はある捜査官の退官に報いる意味で行なわれたという話もある。もしこれが本当だとすれば、仮に三浦容疑者が犯人かどうかの真実とは関係なく、絶対許されてはならないことである。如何に事件への強い関与が疑われていた(る)からといって、「3点セット」で人の権利をもてあそんではいけない。

今回の三浦容疑者の自殺で、この事件は幕を下ろすことになる。ロス市警も、共謀罪を立件できるとした証拠を明かさないまますむことになった。でも私は彼らの用意した証拠をぜひ知りたいと思う。それが人的証拠なら、どこの誰なのか。それは司法取引で得られたものなのかそうでないのか。リックジャクソン捜査官は「強い自信があると」いった。

その事件の容疑者となった一人の人間が死んだ。会見でテレビドラマ張りにかっこつけた捜査官はどう思ったか。無理は承知で思う。彼らには、その証拠を明かす義務があると。20数年たってもそんなに説得力のある証拠なのかと。

日本よりも何十倍も強いドラマ癖をもつ国アメリカ。華さ。強さ。すべてにおいてアグレッシブなアメリカ。しかしサブプライムの問題にしても、今回の問題しても、「大きいことはいいこだ」「目立つことは美徳だ」もいよいよ究極的飽和状態を迎えている。これからはいくらかでも国として「静」の面をとりいれて欲しいと思う。

今回三浦逮捕容疑者の逮捕は、今回の捜査を容認する日本法曹関係者・学者がどうほざこうとも、到底認められるべきことではない。アメリカのもつ「3点セット」は人の平穏な生活をまもるどころかそれを簡単に破壊してしまうあまりに危険なものなのである。日本にこれらを取り入れることは論外といえるであろう。
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by phtk7161 | 2008-10-11 22:27